日本の看護分野で普及が遅れる、エビデンスに基づいた実践(EBP)
千葉大学は12月14日、看護師長のリーダーシップを測定する尺度(Implementation Leadership Scale:ILS)の日本語版を開発し、その信頼性と妥当性を検証した結果を発表した。この研究は、同大大学院看護学研究院の酒井郁子教授、佐伯昌俊助教、東海大学の友滝愛特任講師、慶應義塾大学の深堀浩樹教授、札幌医科大学の山本武志教授、国際医療福祉大学の西垣昌和教授、甲南女子大学の松岡千代教授、国立保健医療科学院の保田江美氏の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Nursing Management」に掲載されている。
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エビデンスに基づいた実践(evidence-based practice:EBP)は、研究と臨床的エビデンスに基づいてより良い医療を提供することで、患者の健康状態や満足度の改善、医療費削減が期待される。EBPへの関心は、日本だけでなく世界中で高まっている。しかし、諸外国に比べ、特に日本の看護分野ではEBPの普及が遅れている。この課題を解決する方法の1つとして、看護管理者のリーダーシップ向上が期待されており、EBPのリーダーシップの評価が必要だ。
現場のEBP実装で管理者が示す戦略的リーダーシップ評価の尺度、日本語版を開発・検証
今回の研究で開発されたILSは、現場のEBP実装において管理者が示す戦略的リーダーシップを評価するもの。この尺度はもともと、臨床現場でEBP実装に向けた介入プログラムを開発するために、カリフォルニア大学サンディエゴ校のAarons博士らによって開発された。ILSは英語版のほか、中国語やギリシャ語、ノルウェー語にも翻訳され活用されている。しかし、ILSの日本語訳はなく、これまでどのような看護管理者の特性がILSの得点に関連するか十分に検証されていなかった。
そこで今回、研究グループはEBP実装における看護管理者の戦略的リーダーシップを評価し、研究エビデンスを臨床実践に効果的に統合するために、日本語版ILSを開発。また、妥当性検証として、日本語版ILSとオリジナルのILSとが同じ概念で評価できているかを統計的手法で確認するとともに、過去の研究でEBP実装に関連すると示されている看護管理者の「高等教育による看護学の学習・研究の経験」「EBPに関する実践・学修経験」がILSの高得点につながるのではないか?という仮説を検証した。
日本語版ILS、自己評価用・他社評価用ともオリジナルと同じ構造を確認
ILSには看護管理者による自己評価用とスタッフ看護師による他者評価用の2種類がある。日本語版ILSを作成するにあたり、オリジナルのILSを翻訳後、臨床看護師に各項目の表現について確認してもらった。次に、日本国内の3つの大学病院に所属する看護管理者119人とスタッフ看護師2,858人を対象にウェブ調査を行い、妥当性を検証した。Aarons博士らのオリジナルのILSでは、12項目の質問に対し4つの構成要素「Proactive Leadership(先を見越して行動する)」「Knowledgeable Leadership(EBPをよく知っている)」「Supportive Leadership(支持的である)」「Perseverant Leadership(根気強い)」を持っていた。日本語版ILSもオリジナルと同じ概念を測定するかを検証するために、統計手法の確証的因子分析を用いた。その結果、日本語版ILSの看護管理者による自己評価とスタッフ看護師による他者評価の両方でオリジナルのILSと同じ構造が確認された。
看護学の学習・研究経験あるほど得点「高」傾向
高等教育による看護学の学習・研究の経験とILS得点の関連性を調べるため、看護管理者を最終学歴により3つのグループ(高校/専門学校/短期大学、大学、大学院(修士/博士))に分類。ILSの得点を比較したところ、高校/専門学校/短期大学のグループに比べて大学院のグループでは得点が高く、看護学の学習・研究の経験があるほどILS得点が高くなる傾向が明らかとなった。
EBP学習・取り組み経験あり管理者で得点「高」
また、EBPに関する学習経験、EBPに取り組んだ経験によるILS得点の違いを検証した結果、EBPの学習経験とEBPに取り組んだ経験はどちらも、経験ある看護管理者でILS得点が高いことが明らかとなった。過去の研究でも、個人のEBP実装に関連する要因として、EBP研修や高等教育、EBPへの信念が報告されており、今回の研究でもこれらを支持する結果だった。
管理者との関係性などスタッフ回答得点に影響の可能性、さらなる検証が必要
なお、今回の研究では、ILSの得点と看護管理者の特性との関連を検証したが、スタッフ看護師のサンプルでは検証していない。例えば、看護管理者との関係性や一緒に働いた経験は、スタッフ看護師の回答するILS得点に影響している可能性があるので、さらなる検証が必要だとしている。
これまで、日本では現場でEBPを実装するためのリーダーシップに関する研究は行われていなかった。しかし、EBPの実装を推進するためには、リーダーの役割を担う人材が欠かせない。今後、日本語版ILSを用いた調査研究を進めることで、EBP実装に向けた看護管理者のリーダーシップの実態が明らかとなるとともに、リーダーシップを高めていくための手法の開発と検証、さらにはEBPを推進するリーダーの人材育成に貢献できるとしている。今後、日本でのEBP実装に関る研究を推進するために、海外の研究者とネットワークを構築することで、世界的なEBP研究の推進に貢献できることが期待される、と研究グループは述べている。
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・千葉大学 プレスリリース