HLAクラスIをゲノム編集した健常人由来他家HPV-CTLの開発を目指して
順天堂大学は12月13日、健康な人から樹立したiPS細胞にゲノム編集を行うことで、そのiPS細胞から作製したヒトパピローマウイルス特異的細胞傷害性T細胞(CTL)が、患者の免疫細胞から拒絶されずに子宮頸がんを強力に抑制できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科 血液内科学の古川芳樹大学院生、石井翠助教、安藤美樹教授、細胞療法・輸血学の安藤純教授、産婦人科学の寺尾泰久教授、およびスタンフォード大学医学部幹細胞生物学・再生医療研究所の中内啓光教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports Medicine」オンライン版に掲載されている。
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子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因で発症する。先進国ではワクチンの普及により患者数、死亡率ともに減少している中、国内では増加傾向が続いており、年間1万人以上の患者が新たに子宮頸がんと診断され、約3,000人が死亡している。国内では子宮頸がんワクチン接種率は依然15%以下と低迷しており、20~30歳代における子宮頸がん発症数増加は特に深刻な問題となっている。子宮頸がんはマザーキラーと呼ばれ、結婚、妊娠、子育て世代の若い女性の場合、その進行は極めて速く予後不良であるため、有効な新規治療法開発が必要だ。研究グループは、2020年に子宮頸がんに対するiPSC由来HPV抗原特異的CTL(HPV-CTL)の開発に成功し、その持続的で強力な抗腫瘍効果を証明した。しかし、抗がん剤治療中の子宮頸がん患者血液からのCTL作製は難しく、時間がかかり、作製にも高額なコストがかかることが実用化に向けた課題だった。
一方で、健常人のCTLから樹立した他家iPS細胞を用いると上記の問題は解決する一方で、患者免疫細胞からの同種免疫反応が起こり、抗腫瘍効果が減弱する問題が生じる。そこで研究グループは今回、この問題を解決するため、CRISPR/Cas9技術を用い、HLAクラスIをゲノム編集した健常人由来他家HPV-CTLの開発を試みた。
ゲノム編集したiPS細胞由来HPV-CTL、T細胞に拒絶されずNK細胞の攻撃も回避
最初に、HPV-CTLを健常人の末梢血より誘導後、iPS細胞を樹立した。続いて、患者免疫細胞から攻撃されないようにするために、iPS細胞のHLAクラスI抗原を編集した。ゲノム編集は臨床で用いる細胞を作製するため安全面に配慮して、オフターゲット作用が少ないCRISPR/Cas9 二段階編集法を用いることにした。
まず、HLAクラスI分子の存在に重要なB2M遺伝子をノックアウトしてHLAクラスI抗原の発現を消失させることで、患者免疫T細胞から攻撃されないようにした。しかし、これだけでは患者NK細胞(ナチュラル・キラー細胞)はHLAクラスI抗原の発現のない細胞を攻撃するため、次に攻撃を回避できるようにいくつかのクラスI分子を強制的に発現させた。NK細胞と抑制性の結合をすることで知られるHLA-EとHLA-A24の両分子を発現させることで、効果的にNK細胞の攻撃を抑制することができた。ゲノム編集したiPS細胞からCTLを分化誘導後、同種免疫反応を解析したところ、ゲノム編集したiPS細胞由来HPV-CTLはT細胞に拒絶されず、またNK細胞からの攻撃も回避できることを証明できた。
編集の有無に関わらず強力に子宮頸がん増殖を抑制、その機序も解明
さらに、ゲノム編集したことで子宮頸がんに対する抗腫瘍効果が軽減しないか確認した。その結果、ゲノム編集したiPS細胞由来HPV-CTLは編集の有無に関わらず、強力に子宮頸がんの増殖を抑制。末梢血から誘導したもとのHPV-CTLよりも短期間で強力に抗腫瘍効果を発揮し、また長期間の生存期間延長効果も認めた。
そこで、なぜもともと同じT細胞受容体配列を持つCTLであるにも関わらず、このようにiPS細胞由来HPV-CTLでは細胞傷害活性が増強するのか、その機序を調べるためにシングルセル解析を行い、その遺伝子発現を比較。その結果、iPS細胞由来HPV-CTLは末梢血由来HPV-CTLに比較して細胞傷害活性に関する遺伝子(IFNG、PRF1、GZMB)および、組織レジデントメモリーT細胞に関係する遺伝子(ITGAE、CD69、TGFBR1)の発現レベルが有意に高いことがわかった。フローサイトメトリーによる解析でも、iPS細胞由来HPV-CTLでは組織レジデントメモリーT細胞を豊富に含むことを示した。機能解析の結果、iPS細胞由来HPV-CTLは TGFβシグナリングによりCD103発現レベルを有意に上昇させ、結果、HPV抗原特異的細胞傷害活性が増強することを証明した。
HPV-CTLが子宮頸がんに対する新規治療となる可能性
以上より、同研究ではiPS細胞技術とゲノム編集技術を用いて、健常人由来iPS細胞から患者免疫細胞の攻撃を回避できるHPV-CTLの作製に成功し、作製したHPV-CTLは組織レジデントメモリーT細胞を豊富に含む結果、子宮頸がんに対して強力な細胞傷害活性をもたらすことを明らかにした。同種免疫反応を軽減でき、かつT細胞の機能も強化された次世代T細胞療法の開発に成功したことにより、HPV-CTLは子宮頸がんに対する画期的な新規治療となり得ることが示唆された。
研究グループは、重症患者にも迅速に投与できる「off-the-shelf T細胞療法」を目指し、ゲノム編集した臨床用iPS細胞を作製。さらに安全性を十分に確認の後、この臨床用iPS細胞を増幅して凍結保存することで、マスターセルバンクを作製した。今後、子宮頸がんに対する同治療の医師主導治験を開始する予定だとしている。「マザーキラーである子宮頸がんの克服に向けて重要な一歩となることが期待される」と、研究グループは述べている。
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