10代の薬物関連障害患者、市販薬によるものが5割以上
京都大学は12月5日、日本最大のQ&Aサイトである「Yahoo!知恵袋」の投稿データを用いて市販薬乱用者の存在に焦点を当てた研究を実施し、市販薬の乱用者が、Q&Aサイト上にオーバードーズに関する質問を投稿しており、その投稿件数が増加していることがわかったと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の中山健夫教授、刈谷梓博士課程院生らの研究グループによるもの。研究成果は「JMIR Formative Research」に掲載されている。
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昨今、市販薬乱用に対する社会的関心が急速に高まっている。ドラッグストアで一般の人たちが手に取って買えるかぜ薬や咳止め薬などを多量に摂取すると、覚醒剤と同様の反応を得られる。その効果を知った若者たちが、抜け出すに抜け出せない沼にはまってしまっているという現状がある。厚生労働省の調査によると、10代の薬物関連障害患者において、市販薬によるものが5割以上を占めているという事実が明らかになっている。また、10代の市販薬による薬物関連障害患者が急増しているという事実も明らかになった。市販薬は合法的に安価で誰でも簡単に入手可能という点で、覚醒剤などの違法薬物とは異なる対策上の困難さをはらんでいる。いわば「手軽に乱用できてしまう」点が市販薬の潜在的な問題と言えるが、その乱用による中毒症状や依存症など心身への影響は深刻であり、専門的な治療が必要なケースも少なくない。一方、精神科医療機関や薬物依存回復支援施設(drug addiction rehabilitation center:DARC)を受診するほどの症状はみられないが、今後依存に陥る危険性の高い潜在的な市販薬乱用者も存在している。
専門機関でフォローを受けていない乱用者を含めた研究は行われていない
若者が市販薬乱用に関する情報を得ている媒体の一つにインターネットが挙げられる。中でも、薬物乱用のような社会的な逸脱に関わる情報を得られるのは、利用者自身が情報を発信できるQ&Aサイトなどの知識共有コミュニティ(ナレッジコミュニティ)や、X(旧Twitter)などのsocial networking services (SNS)である。これらはconsumer-generated media (CGM)と呼ばれ、主としてインターネットを活用して一般の利用者がコンテンツを生成していく「消費者生成メディア」として、さまざまな分野で多く利用されている。ナレッジコミュニティの一つである、Q&Aサイトは、登録した利用者が匿名(ユーザーID)で質問を投稿し、また、別の利用者が回答を投稿するといったシステムで知識が共有される。Q&Aサイトでは薬物に関する多様な情報の交換が行われており、Q&Aサイトに投稿されている内容を分析することで、潜在する市販薬乱用者がどのような情報のやり取りをしているのかという実態を垣間見ることができる。
国内において、医療機関における市販薬乱用者に関する調査や、乱用のリスクがある市販薬の販売方法に関する調査の報告はあるが、専門機関を受診していない潜在する乱用者を対象とした研究はこれまで行われていない。現在専門機関でフォローされているのは一部分の集団であり、埋もれている市販薬乱用者の存在に目を向ける必要がある。
質問データから「ブロン オーバードーズ」「ブロンOD」を検索
今回研究グループは、国内最大のQ&Aサイトである「Yahoo!知恵袋」に投稿された質問データを使用した。「Yahoo!知恵袋」は、利用登録をしたユーザーが質問・回答し合う、利用者参加型の知識共有コミュニティ(ナレッジコミュニティ)である。「Yahoo!知恵袋」に投稿された質問内容のみを分析の対象とした。
市販薬や処方薬の乱用では、本来の薬効による症状の緩和を求めた結果として乱用に至る場合と、本来の薬効ではなく、自傷・自殺目的や「不安を紛らわすこと」「意欲を高めること」を目的として、意図的に過量服薬をする場合があり、特に後者の急増が問題視されている。一般に、ネット上で使用される過量服薬を意味する言葉は「オーバードーズ」または「OD」(オーバードーズの略)であり、研究の予備調査でも、「過量服薬」や「乱用」よりも「オーバードーズ」「OD」を用いて市販薬乱用の内容について語られるケースが多いことを確認した。以上より、研究では「乱用」の内容を抽出する目的で「オーバードーズ」と「OD」の言葉を検索のキーワードとした。
一般的に市販薬乱用に多く使用されている鎮咳・去痰薬「ブロン」のキーワードを用い、「Yahoo!知恵袋」のサイト内で、「ブロン オーバードーズ」または「ブロンOD」のキーワードで検索し、データを抽出した。抽出された加工前の質問データから、分析に不要な部分を捨象し、研究対象となり得る内容の質問文に再構成を行った。同時に、1件の質問に複数の質問内容が含まれる場合は、それぞれ別コードとして分析した。抽出された質問文の内容について、コード、カテゴリー、テーマを帰納的に抽出した。そして、市販薬乱用の実態を当事者の立場から知ること、特に市販薬乱用についてどのような疑問が尋ねられているかを明らかにすることを目的に、質問内容のテーマ分析を行った。
期待と不安の間で葛藤しながら、質問を投稿している可能性
分析の結果、市販薬の乱用者が、Q&Aサイト上にオーバードーズに関する質問を投稿しており、その投稿件数も増加している事実が明らかになった。研究対象の「Yahoo!知恵袋」を含め、多くのCGMでは、匿名で情報を書き込むことができ、CGMが素性を知られずに求める情報を迅速に得られる媒体として、市販薬を乱用している(しようとしている)一定の人たちに認知され、利用されていると考えられた。その前提には、オーバードーズが対面で他人に相談しづらいという認識があり、オーバードーズしている事実を周囲の人に知られることを不安に感じているといった質問からも、知人には気軽に聞けない内容であると認識していることがうかがえた。
また、投稿内容の分析から次のような流れが見えてきた。まず、ODの存在を知り、興味を持った人たちが、ODで得られる効果や方法など《ODする上での期待》や、ODが身体に及ぼす影響に対する懸念《ODする上での不安》を質問していることがわかった。そして、ODに対する不安より期待が上回った段階でODしていると推測された。
ODを経験した人たちは、より効果を得られる方法《ODする上での期待》や、ODしたことで実際に自分の身に起きた苦痛《ODする上での不安》について質問していることがわかった。ODすることへの期待が上回り、ODに依存した段階にある人たちは、さらにODするうえでの期待や不安について質問していた。そして、依存中、期待よりも不安が上回った段階でODをやめるためにどうすれば良いのか《ODをやめる上での悩み》を質問するといった流れが見えてきた。
快楽を得ることや自分を傷つけることで、精神的苦痛から解放されたい気持ちがあるものの、身体に重篤な症状が現れることを望んでいるわけではない場合が多いとされている。今回の研究でも、期待と不安の間で葛藤しながら、質問を投稿しているのではないかと推察された。そして、やめる上で抱える悩みについては、潜在する市販薬乱用者のみでなく、医療機関受診者も抱える悩みでもあると考えられた。
市販薬乱用に関する信頼できる情報を作成し、普及させることが必要
以上から、オーバードーズしている人たちは、孤独を感じながらも、CGM上に市販薬乱用に関する情報を求めているのではないかと推察された。さらに、オーバードーズしている人たちに向けた信頼できる情報提供が行き届いていない可能性もある。オーバードーズしている人にとって、CGMが貴重な情報源であるとすれば、CGMから得られる情報が、ある程度の影響力を持つことが考えられる。「この研究は、市販薬乱用に関する信頼できる情報を作成し、普及させることが必要であることを示唆している。また、オーバードーズの機会を減らすためには、薬局やドラッグストアからのサポートも不可欠である」と、研究グループは述べている。
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