タンパク質キナーゼDYRK1A、細胞内での活性・機能の制御機構は不明
京都大学は11月24日、細胞内タンパク質相互作用の大規模解析をもとに、ダウン症候群(以下、ダウン症)のさまざまな症状に深く関与し、またその機能異常が自閉症スペクトラム症候群の原因とされるタンパク質キナーゼDYRK1Aと結合するタンパク質FAM53Cを同定したと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科の宮田愛彦助教、西田栄介教授(現:理化学研究所)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Life Science Alliance」にオンライン掲載されている。
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ダウン症はヒトの第21番染色体が通常の2本より1本多い3本存在することで発症する先天性の疾患である。ダウン症は新生児で最も多い遺伝子疾患であり、精神遅滞の最も一般的な原因である。ダウン症では精神神経症状に加えてアルツハイマー病の早期発症、2型糖尿病の発症、顔面形成の不全などが見られる。この第21番染色体にコードされているDYRK1Aというタンパク質は、これらのダウン症のさまざまな症状に深く関与している。さらに、DYRK1Aの機能異常は自閉症スペクトラム症候群やその他の精神神経疾患の原因の一つである事も知られている。DYRK1Aは細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼで、細胞質および細胞核内のさまざまなタンパク質をリン酸化することで、細胞周期、細胞分化、細胞骨格の形成、DNA損傷応答など、多彩な細胞機能を制御している。従って、DYRK1Aは脳神経系の発生・機能をはじめとする多くの生物的機能をコントロールする重要なタンパク質と考えられる。DYRK1Aはさまざまな疾患治療のための標的分子として近年注目を集め、その活性を調節する低分子化合物の開発が進められている。しかし、細胞の中でどのようにしてDYRK1Aの活性・機能が制御されているか、そのメカニズムは不明だった。
DYRK1Aが細胞内のどこで働くかはこれまで議論の的だった。DYRK1Aは細胞核への移行を促す配列を持ち、哺乳類の培養細胞に人為的に多量に存在させると主に核に集まる。遺伝子の発現を制御する多くの核内のタンパク質がDYRK1Aによってコントロールされることから、DYRK1Aが細胞核で機能することは確かである。一方で内在のDYRK1Aは培養細胞や生体の脳内では細胞質や細胞骨格に存在し、細胞質でも機能することが報告されていた。研究グループは細胞内でDYRK1Aがどのような相手と相互作用し、どのように制御され、どのような働きをしているかについて研究を続ける中で、DYRK1Aの主要な結合タンパク質としてDCAF7/WDR68を発見、次いで質量分析によりDCAF7/WDR68と細胞内で複合体を形成するタンパク質を網羅的に同定してきた。今回、この中にDYRK1Aと結合してその機能や存在場所をコントロールするタンパク質が含まれると着想し、その解析を進めることでDYRK1Aの機能制御メカニズムを明らかにすることを計画した。
DCAF7/WDR68結合タンパク質FAM53C、DYRK1A活性を抑制し細胞質へ留まらせると判明
FAM53CがDYRK1Aと相互作用しているのではないか、という最初のヒントは、上で述べたDCAF7/WDR68結合タンパク質のリストにFAM53Cが含まれていた事から得られた。そこで新たにFAM53Cを認識する抗体と哺乳類培養細胞にFAM53Cを発現させるDNAを単離・作成した。DYRK1Aと共にFAM53Cを発現し、互いが結合するかどうかを共免疫沈降法で調べた。また、細胞内でDYRK1AやFAM53Cがどのような分布をしているか(核内あるいは細胞質に存在するか)を、発現したタンパク質を色で染め分ける免疫蛍光抗体染色法により顕微鏡で観察した。DYRK1Aのタンパク質キナーゼ活性は、DYRK1Aの代表的な基質(ターゲットとしてリン酸化される)であるタウタンパク質(アルツハイマー病患者の脳に蓄積することがその症状と密接に関連することが知られている)を用いて測定した。
FAM53Cはこれまで機能が知られていなかったタンパク質である。コンピューターによる構造解析から、FAM53Cタンパク質が非常にフレキシブルな構造を持っていると予想される。タンパク質結合の解析からFAM53CがDYRK1Aと直接結合することが明らかになった。FAM53CはDYRK1Aの分子の中でタンパク質リン酸化反応をつかさどる領域に結合した。また、DYRK1AはFAM53CとDCAF7/WDR68の双方と同時に結合して三者複合体を形成する機能を持つことも判明した。さらに、FAM53Cと結合するとDYRK1Aのタンパク質キナーゼ活性が低下すること・DYRK1Aが細胞質に留まることが明らかになった。
ヒトの精神神経系疾患がなぜ起こるのか、その疑問に答えることにつながる研究
以上の研究結果から、これまで機能の知られていなかったFAM53CはDYRK1Aと結合するタンパク質であり、DYRK1AはFAM53CおよびDCAF7/WDR68と同時に結合して三者複合体を形成することが明らかになった。また、FAM53CはDYRK1Aと結合してDYRK1Aのタンパク質キナーゼ活性を抑制、DYRK1Aと結合してDYRK1Aが細胞核に移行するのを妨げるということが結論づけられた。
FAM53Cはこれまで知られていなかったDYRK1Aの機能と細胞内存在場所をコントロールする重要なタンパク質であることが明らかになった。一方で培養細胞を用いた実験によって得られた今回の研究結果が、ヒトの体の中で起こっていることを正確に反映しているかどうかについては今後さらに検討が必要である。
「今後は、DYRK1Aと結合する新たなタンパク質の発見とその生理的な機能の解明をめざす。またこの研究によりFAM53C自体のリン酸化も検出され、FAM53Cの機能がリン酸化によりコントロールされる可能性を追求する計画である。精神神経系の正常な発達・働きに重要な役割を果たすDYRK1Aの機能や制御機構を明らかにする研究を通して、ダウン症・自閉症スペクトラム症候群をはじめとするヒトの精神神経系の疾患がなぜ起こるのかという疑問に答えることができればと考えている」と、研究グループは述べている。
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