不慮の事故が多い肝硬変患者、外的刺激に対して素早く反応する能力は?
岐阜大学は11月21日、肝硬変患者では外的刺激に対して瞬時に正確に動作する神経機能が低下していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科消化器内科学分野の三輪貴生医師の研究グループによるもの。研究成果は、「Geriatrics & Gerontology International」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
肝硬変患者は、交通事故や転倒、それに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られている。外的刺激に対して状況に応じて素早く反応する能力、つまり短潜時の神経機能はこれらの不慮の事故を防ぐために重要だ。しかし、肝硬変患者において短潜時の神経機能に関しては十分に調査されていなかった。
肝硬変患者とコントロール群、短潜時の神経機能を検討
今回の研究では日本、米国、英国を含む多機関において、ReacStickを用いて短潜時神経機能を検査した若年成人男性(肝硬変患者160人と肝硬変のない者160人)を対象とし、短潜時神経機能を比較。また、統計手法のプロペンシティスコアマッチングを用いて肝硬変群とコントロール群の背景因子を調整し、再度比較を行った。ReacStickは、米国で開発された短潜時神経機能の測定装置。軽量の棒、加速度計、タイマー、2つの発光ダイオードから構成されている。
検査者は、ReacStickを約75cmの高さで保持して2〜5秒経過した後に落下させる。被験者は、ReacStickが落下し始めたらできるだけ早くReacStickを掴み、ReacStickの加速度計とタイマーで反応速度(simple reaction time:SRT)を測定する。また、正確性(reaction accuracy:RA)を測定する際には、ReacStickが落下し始めると棒の先端に着いた発光ダイオードが50%の確率で点灯する。被検者はReacStickの発光ダイオードが「点灯した場合には棒を掴み(On test)」、「点灯しない場合には棒をそのまま落とす(Off test)」ように指示される。棒を掴む際の反応速度は記録されず、正しく棒を掴むあるいは落とすことができたかを記録する。On testの成功率を「On accuracy」、Off test の成功率を「Off accuracy」、全体の成功率を「Total accuracy」として記録した。検査者が棒を放してから棒が落下するまでに約0.4秒の時間であるため、ReacStickは約0.4秒以内の短潜時神経機能を測定することとなる。また、比較対象とする検査法として肝硬変患者の一般的な神経機能評価法であるNCT-Bと比較検討した。
患者は外的刺激認識から約0.4秒以内の反応速度と正確性「低」
対象とした肝硬変患者160人と肝硬変のない者160人を比較すると、肝硬変患者は有意にSRTが長く(204 vs 176 ms;P < 0.001)、Total accuracy(65 vs 71%;P<0.001)、On accuracy(78 vs 86%;P=0.004)、Off accuracy(54 vs 60%;P=0.001)が低い結果だった。また、プロペンシティスコアマッチングにより背景因子を調整した肝硬変患者112人と肝硬変のない者112人を比較したところ、肝硬変患者は有意にSRTが長く(200 vs 174 ms;P<0.001)、Total accuracy(63 vs 73%;P<0.001)、On accuracy(77 vs 86%;P = 0.007)、Off accuracy(50 vs 60%;P=0.001)が低い結果だった。
同研究結果により、肝硬変患者は、肝硬変のない者と比較して外的刺激を認識してから約0.4秒以内の反応速度と正確性が低下していることが明らかとなった。外的刺激を認識し、状況に応じて素早く正しい行動をとることは転倒や交通事故を含む不慮の事故を防ぐのに重要であり、実生活の状況を反映した神経機能検査と検査結果に応じたリスクマネジメントが必要である可能性が示唆された。
ReacStick、従来検査法より優れた精度で肝硬変患者を特徴づける
次に、肝硬変患者の神経機能の特徴を明らかにするため、また、ReacStickと肝硬変患者の神経機能検査法として一般的なNCT-Bを比較してどちらがより肝硬変患者の神経機能を特徴づけるのに優れているかを調査するために、Receiver operating characteristic(ROC)解析を行った。ROC解析によるarea under the curve(AUC)ではReacStickで測定したSRTがNCT-Bと比較してより大きなAUCを有し、肝硬変患者を抽出するのにより優れた検査であることが明らかとなった(AUC, 0.87 vs 0.60;P < 0.001)。一方で、NCT-BとRAの比較ではAUCの大きさに有意差を認めなかった。以上の結果から、肝硬変患者の神経学的特徴は刺激に対する反応速度の低下が最も顕著な特徴として抽出され、従来の神経機能検査法であるNCT-Bよりもより優れた精度で肝硬変患者を特徴づけることが可能であることが明らかとなった。
肝硬変患者の不慮の事故リスクを評価、事故予防に期待
今回の研究により、肝硬変患者は外的刺激が加わった際の短潜時の反応速度と正確性が低下していることが明らかになった。また、特に反応速度の低下は顕著であり、ReacStickはこの反応速度低下を捉えるデバイスとして、従来の神経機能検査法よりも優れた検出機能を有する可能性が示唆された。この知見により、肝硬変患者における不慮の事故のリスクを評価し、事故の予防による健康寿命の延長とより良い社会の実現に寄与することが期待される、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・岐阜大学 プレスリリース