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大腸がん等の浸潤、がん排除機構「細胞融合」が逆に利用されると判明-東京理科大

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2023年11月28日 AM09:10

がん進展における複数変異の段階的な蓄積、細胞競合に及ぼす影響は?

東京理科大学は11月22日、ヒトの大腸がんで好発するWntとRasシグナルが段階的に活性化した上皮組織では細胞競合の機能が変容し、間質内へびまん性に浸潤するがん細胞の産生が促進されることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大生命医科学研究所がん生物学部門の昆俊亮准教授、大学院生命科学研究科博士過程3年の中井一貴氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

細胞競合とは、性質の異なる上皮細胞が共在したとき、生体にとって相対的に適応度の高い細胞が勝者細胞として生き残り、他方が敗者細胞として排除される現象である。この細胞競合の生理的な役割の一つが、遺伝子変異によってがん変異化した細胞を周辺の正常上皮細胞が認識して排除することである。これまでに研究グループは、がん原遺伝子であるRasの活性化変異体を上皮細胞層の少数の細胞に発現させると、隣接する正常上皮細胞との細胞競合の結果、Ras変異細胞が敗者細胞として管腔側へ押し出されるように排除されることを報告してきた。このように、細胞競合は偶発的に産生されたがん変異細胞を排除する抗腫瘍機能を担っているため、広範な分野で注目されている。

一般的に、正常な細胞が発がんするためには複数の遺伝子の変異が段階的に蓄積される(多段階発がん)が、この過程において細胞競合の機能がどのように変化するかはよくわかっていなかった。ヒトの大腸がんは、APC遺伝子の機能が不全になりWntシグナルが活性化し、その後にRasシグナルが活性化することによりがんが進展することが知られている。そこで研究グループは、→Rasの遺伝子変異の蓄積が細胞競合に及ぼす影響を検討し、実際の発がんプロセスにおける細胞競合の役割を調べた。

APC欠損下の活性化Ras変異細胞、細胞競合によって基底膜へと逸脱し浸潤

まず、以前に作出したタモキシフェンの投与量依存的に活性化Ras変異(RasV12)細胞の産生頻度を調整できる「細胞競合マウスモデル」と全身でAPC遺伝子が欠損したマウスを掛け合わせることにより、Wntシグナルが活性化した上皮層でのRasV12細胞の排除率を腸管で検討した。野生型マウスにRasV12細胞を単独に産生した場合では、細胞競合によってほとんどのRasV12細胞は管腔へと排除されたが、APCが欠損した腸管にて出現したRasV12細胞は、基底膜へと逸脱、浸潤する細胞数が増加した。

次に、APC/RasV12細胞の基底膜浸潤が細胞競合依存的に生じるかを検証するため、腸管オルガノイドを用いて実験を行った。APC欠損マウス由来の腸管オルガノイドに低濃度タモキシフェンによってRasV12変異をモザイクに発現誘導すると、基底側へ逸脱する細胞が観察されたのに対し、高濃度タモキシフェンによってRasV12細胞を高頻度に産生させると、管腔もしくは基底側への逸脱率が顕著に低下した。この結果より、APC/RasV12細胞は周辺がAPC欠損細胞に囲まれたときに細胞非自律的に、すなわち細胞競合によって基底側へと逸脱することが示された。

続いて、基底膜へと浸潤したAPC/RasV12細胞のその後の運命を追跡するため、タモキシフェン投与36日後の腸管を観察した結果、がん細胞は筋層深部まで浸潤しており、さらにリンパ管選択的に侵襲し、高頻度に腸管膜リンパ節へ転移した。これらの結果より、APC欠損によりWntシグナルが活性化すると、細胞競合の機能変容が生じ、RasV12細胞は間質内へとびまん性に浸潤し、悪性度の高いがん細胞が産生されることが明らかとなった。

Wnt活性化のβ-catenin変異体でもRas変異細胞の細胞競合依存的な浸潤確認

続いて、Wntシグナル活性化によるRasV12細胞のびまん性浸潤の分子論的メカニズムを解明するため、上記マウスで観察された現象を培養細胞の系にて再現した。APC欠損と同様にWntシグナルを活性化するβ-cateninのN末端欠損変異体(β-catΔN)を恒常的に発現する細胞株(β-catΔN細胞)とこの変異体を発現し、かつテトラサイクリン依存的にRasV12を発現する細胞株(β-catΔN/RasV12細胞)を樹立した。β-catΔN/RasV12細胞を単独で培養した場合では変異細胞は上皮層内に留まったが、β-catΔN細胞と混合培養すると(β-catΔN/RasV12細胞:β-catΔN細胞=1:50)、約半数ほどの変異細胞が基底側へと逸脱した。このことから、マウスと同様に細胞競合依存的に変異細胞はびまん性に浸潤することがわかった。

APC/RasV12細胞のびまん性浸潤、NF-κBによるMMP21発現増加が重要と判明

さらに、混合培養したβ-catΔN/RasV12細胞内の遺伝子発現の変化をトランスクリプトーム解析した結果、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の一つであるMMP21が著増することを突き止めた。実際にMMP21の発現を観察したところ、培養細胞、腸管オルガノイド、マウス腸管全ての実験系において細胞競合依存的にMMP21の発現が増加した。さらに、MMP21ノックアウトマウスを導入したところ、APC/RasV12細胞の浸潤率が有意に低下したことから、MMP21がAPC/RasV12細胞のびまん性浸潤を制御する分子の一つであることの証左となった。

MMP21の発現増加を司る因子を探索するため、上述したトランスクリプトームのデータを詳細に解析したところ、NF-κBシグナルが活性化することがわかった。そこでNF-κBシグナルを阻害したところ、細胞競合依存的なMMP21の発現増加が抑制された。さらには、NF-κB複合体のサブユニットの一つであるp65がMMP21のプロモーター領域に直接的に結合することを見出したことから、NF-κBシグナルの活性化がMMP21を直接的に発現増加すると結論づけた。

NF-κBシグナルが逸脱方向を規定している可能性、阻害で基底膜浸潤抑制

興味深いことに、NF-κBシグナルを阻害すると、がん変異細胞の基底膜浸潤が抑制され、相対的に管腔側への逸脱率が増加したことから、NF-κBシグナルはがん変異細胞が逸脱する方向性を規定する中心的な因子であることが強く示唆された。さらに解析を進めた結果、RIG-IやTLR3などの自然免疫系の分子がNF-κBシグナルを活性化することも明らかにした。

初期大腸がん患者検体、、Wnt、MAPKシグナルとMMP21の発現増加が正に相関

最後に、初期大腸がんの臨床検体を用いて分子病理学的解析を行った。その結果、正常部に比べて、腫瘍部にてMMP21、核内p65(NF-κBシグナルの指標)、核内β-catenin(Wntシグナルの指標)、リン酸化ERK(MAPKシグナルの指標)の発現が増加していた。さらに、MMP21の発現と核内p65、核内β-catenin、リン酸化ERKの発現が正に相関したことから、WntとMAPKシグナルが活性化したヒトの初期大腸がんではNF-κB-MMP21経路がその進展に重要な役割を担っていることが示唆された。

細胞競合という新しい視点でのがん治療戦略に期待

今回の研究では、Wntシグナルが活性化した上皮層では、活性化Ras変異細胞は細胞競合を利用してびまん性に浸潤することを明らかにした。「がん細胞が有する浸潤能の抑止はがんを制することに大いに貢献するため、今後は細胞競合という視座に立った新しいがん治療戦略の確立が期待される」と、研究グループは述べている。

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