心不全の治療応答性を簡便・正確に予測することは困難
東京大学は11月7日、心不全患者の心筋DNA損傷の程度を調べることにより、生命予後の予測が可能となることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科重症心不全治療開発講座の候聡志特任助教、同・医学系研究科の戴哲皓大学院生(医学博士課程)、同・医学系研究科先端循環器医科学講座の野村征太郎特任准教授、小室一成特任教授と、奈良県立医科大学附属病院循環器内科の尾上健児講師、奈良県西和医療センターの斎藤能彦総長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of the American College of Cardiology(JACC):Heart Failure」に掲載されている。
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心不全の経過や治療に対する効果は非常に多様で、治療薬が効いて心臓の機能が回復する患者がいる一方、あらゆる治療を尽くしても心臓機能が回復せず、早い段階で心臓移植をしなければ命を救うことができない患者もいる。このような治療に対する効果や予後を治療前に評価できれば、治療応答性が良いと考えられる患者には内科的治療を積極的に行う一方で、治療応答性が悪いと考えられる患者には早期に補助人工心臓の使用や心臓移植(外科的治療も含めて)を検討するなどして命を救うことができるようになることが期待される。
このように、個別化医療・精密医療が心不全の臨床において待望されているが、現段階ではまだ簡便かつ正確に治療応答性を予測することは困難であるため、基本的に画一的な治療を施すしかない。
175人の心不全患者を対象に「DNA損傷評価」の有用性を検討
研究グループは過去の研究において、マウスが心不全になると心臓にある心筋細胞の核の中にあるDNAに傷が生じ(DNA損傷)、それが心筋細胞の不全化(心臓のポンプ作用を十分に果たせない心筋細胞になってしまうこと)を誘導することを明らかにしたほか、DNA損傷がヒトにおいても心不全の病態を規定する重要な因子であることを見出していた。また、58例の拡張型心筋症(原因不明の心筋障害により心不全となる疾患)患者の治療導入前に採取された心筋生検組織を用いて、DNA損傷の指標であるADP-リボースやγ-H2A.Xの程度を評価することで、高い精度で患者の治療応答性を予測できることを報告していた。
今回は同様の評価法を用いて、東京大学医学部附属病院および奈良県立医科大学附属病院で治療導入前に心筋生検を受けた175人の心不全患者を対象に、DNA損傷評価の有用性を検討した。以前の報告と違い、同研究では心不全の原因を拡張型心筋症に限定することなく、多岐にわたる各疾患によって引き起こされる心臓収縮機能が低下した心不全全般の患者を対象とした。
評価法の有用性確認、DNA損傷が心不全の原因疾患に共通して見られることも判明
その結果、過去の報告同様、治療応答性不良患者の治療導入前の心筋生検組織ではDNA損傷の程度が有意に強いことが判明した。また、組織内のDNA損傷核の存在率に基づいて患者をDNA損傷「強陽性群」「弱陽性群」に分類すると、高い精度で生命予後を予測できたことから、近年強く求められている個別化医療・精密医療を心不全臨床において実践する上で大事な基盤的技術になると考えられた。さらに、多岐に渡る心不全の原因疾患のいずれにおいても、DNA損傷は共通して見られる病態であることが示唆された。
心不全の研究や個別化医療の実践に役立つことに期待
DNA損傷評価を用いた今回の研究により、心臓収縮機能の低下した心不全患者ではDNA損傷の程度に比例して治療応答性や生命予後が悪化することが明らかになった。
「本研究は心不全領域における個別化医療・精密医療の実践に直結するのみならず、DNA損傷が多岐にわたる原因疾患によって生じる心不全の共通した病態であることを示唆しており、今後の心不全研究に役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース