複数世代にわたって伝達される可能性が米国研究で示唆
京都大学は11月3日、哺乳類において「世代を超えたエピジェネティックな遺伝が可能である」ことが示唆された最新の研究成果を受け、今後、エピゲノム編集の倫理・規制を考える際に考慮すべきことを議論し、その内容を発表した。この研究は、同大iPS細胞研究所の本田充研究員、同研究所上廣倫理研究部門の赤塚京子特定研究員、広島大学大学院人間社会科学研究科の澤井努准教授(京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点連携研究者)の研究グループによるもの。研究成果は、「Stem Cell Reports」に掲載されている。
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ゲノム編集がDNA配列を変える介入なのに対して、エピゲノム編集はDNA配列を変えずに遺伝子の活性化(オン)や非活性化(オフ)を制御する介入である。病気の遺伝的要因以外の要因に関する関心が高まるにつれて、遺伝子の働きを制御する仕組みを研究する「エピジェネティクス」という研究分野が進展している。
従来、生殖細胞系列のゲノム編集に関しては、介入の結果が将来世代に影響する可能性があるため、倫理的に問題だとされていた。他方で、体細胞のゲノム編集、そしてエピゲノム編集に関しては、介入の結果が将来世代に影響しないため、倫理的に問題が少ないとされていた。しかし、2023年2月、米国・ソーク研究所のフアン・カルロス・イズピスア・ベルモンテの研究グループが、人為的に獲得されたエピゲノムの局所的な変化(DNAメチル化パターン)と関連する表現型の変化が、マウスにおいて複数世代にわたって伝達される可能性があることを示した。しかし、現在のところ、この知見は倫理と規制の議論において十分に考慮されていない。
エピゲノム編集は、体細胞ゲノム編集と同様の慎重な検討・規制が必要
そこで研究グループは、エピゲノム編集による次世代への影響に関する成果に焦点を絞り、どのようなエピゲノム編集がさらなる科学的な検証を要するのか、最新知見がエピゲノム編集の倫理と規制に対してどのような含意を持つのかを探究した。
エピゲノム編集ツールは多様で、現在、ヒトへの臨床応用が検討される例も増えている。例えば、一過性のエピジェネティックな介入により、エピジェネティック・メモリーとして人工的な遺伝子発現制御を維持する技術も開発されている。このような条件下では、エピゲノム編集の影響が何らかの形で次世代に受け継がれる可能性がある。
研究グループは最終的に、エピゲノム編集の適用、採用されたエピジェネティック効果やその持続性、関連する送達方法についての慎重な検討を行うべきだとの結論を出した。どのような種類のエピゲノム編集であっても、ゲノム編集よりも倫理的問題が少ないと主張するのは時期尚早かもしれず、介入の影響が次世代に遺伝しないエピゲノム編集は、体細胞ゲノム編集と同様の規制でよいとも考えられ、最新の知見を踏まえれば、ヒトにおけるエピゲノム編集の臨床応用の倫理と規制についてより包括的な議論を行うことが求められる。
ゲノム編集をさらに発展させるため、倫理と規制の問題も同時に検討を
エピゲノム編集は研究、医療応用の両面で期待の大きな技術の一つである。エピゲノム編集を含めたゲノム編集をさらに発展させるためにも、倫理と規制の問題を同時に検討していく必要があると考えられる。「今回の研究は、遺伝子配列を操作しないエピゲノム編集の影響は将来世代に遺伝しない、という従来の倫理議論の前提に再考を迫るものだ。今後も、ヒトへの遺伝的介入に伴う倫理と規制の問題は、最新の科学的知見や技術的動向を踏まえて議論していく必要がある」と、研究グループは述べている。
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