脊髄損傷の根本的な治療法は確立されていない
慶應義塾大学は11月2日、重度脊髄損傷ラットに「肝細胞増殖因子(HGF)」を損傷後から投与した後にヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植療法を行うことで、脊髄微小環境の改善と神経再生の促進により運動機能を大幅に回復させることに成功したと発表した。この研究は、同大医学部生理学教室の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授、末松悠助教、名越慈人専任講師らを中心とした研究グループによるもの。研究成果は、「Inflammation and Regeneration」オンライン版に掲載されている。
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脊髄損傷は、交通事故などの外傷による脊髄実質の損傷を契機に、損傷部以下の運動・知覚・自律神経系の麻痺を呈する病態で、毎年約5,000人の新規患者が発生している。いまだに根本的な治療法の確立がされていない中で国内の累計患者数は増え続け、現在10~20万人と言われている。亜急性期の患者への治療と累積した慢性期患者への治療は、ともに大きな課題とされている。
研究グループは、損傷した脊髄の再生を目指し、世界に先駆けてヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞を齧歯類や霊長類の脊髄損傷動物モデルに移植し、運動機能の回復に成功してきた。その後も脊髄再生医療の実現に向けて研究を重ね、「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究を開始している。
損傷部へのHGF投与で細胞移植療法の効果が増強するのか検証
研究グループは細胞移植療法の治療効果のさらなる改善に向けた研究の一環として、急性期の損傷した神経組織に対する治療アプローチに注目した。これまでの研究では、ヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞療法の有効性は、損傷後の炎症性環境や損傷の程度によって異なり、治療効果が制限されると言われている。
そこで、現在、急性期脊髄損傷に対する第3相臨床試験で使用されているHGFを損傷部に投与し、神経組織の保護や脊髄微小環境の改善をすることで、細胞移植療法の効果が増強するのではないかという仮説のもと、従来の細胞移植療法単独の場合と比較し、治療効果を検証した。
HGF前投与した重度脊髄損傷ラットの運動機能が大幅に向上
急性期の重度脊髄損傷ラットにHGFを投与し、その後、亜急性期にヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植を行い、併用群を含むそれぞれの治療群で比較検討を行った。その結果、併用群は他群と比較して、移植細胞の生存率の向上や神経再生の促進により、運動機能を大幅に向上する結果が得られたという。
脊髄損傷に対する新規治療法の確立に期待
今回の研究により、脊髄損傷後にHGFを投与すると抗炎症作用のほか、血管新生・神経再生・髄鞘形成を含む組織再生が促進され、細胞移植にとって最適な環境を提供できることが確認された。また、移植細胞の生存率を改善することにより、神経再生の促進や温存された宿主の神経細胞とシナプスを形成していることが確認され、結果的に運動機能の良好な改善が得られることが明らかになった。
「今後は本研究結果を基にした、急性期~亜急性期脊髄損傷に対する重症度に応じた2期的治療法の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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