H2S/H2Snの神経伝達物質放出制御や生産酵素は精神疾患様行動と関連するのか?
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は10月31日、脳内硫化水素とポリサルファイドが神経伝達物質放出を制御することで記憶形成に関与し、その不足によって統合失調症様行動を誘発することを発見したと発表した。この研究は、同センター精神保健研究所精神薬理研究部、山口東京理科大学薬学部、武蔵野大学薬学部、大阪大学医学部、東京大学医科学研究所、理化学研究所らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」オンライン版に掲載されている。
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硫化水素(H2S)は生体内で生合成され、神経伝達調節、細胞保護、抗炎症など、さまざまな活性を持っていることがわかっている。脳では主に3メルカプトピルビン酸イオウ転移酵素(3MST)によって生合成され、ポリサルファイド(H2Sn, n>2)も同酵素により生合成される。H2Snの標的分子としては、記憶形成にもかかわることが報告されているトランジェントレセプターポテンシャルアンキリン1(TRPA1)チャネルがある。
しかし、これまでに、H2SやH2Snによる神経伝達物質放出制御や、それらの生産酵素や標的分子が記憶形成や精神疾患様行動に関わるとの研究はなかった。そこで研究グループは、H2SやH2Snの生産酵素と標的分子の欠損動物を使用して検討を行った。
生理的濃度のH2SやH2SnでGABAが放出されると判明、脳細胞とラットで
これまで、毒性レベルのH2Sによって脳内神経伝達物質量が減少することが知られていたが、生体内レベルでの作用については知られていなかった。今回、培養液に浮遊させた脳細胞では、生理的濃度のH2SやH2Snによって、抑制性伝達物質ガンマアミノ酪酸(GABA)が放出されることが判明した。
さらに成体ラットを使って、マイクロダイアリシスによる検討を進めた。同方法では、投与局所(脳に埋め込んだプローブの出口)におけるH2S/H2Sn濃度が注入口濃度の1/50以下になるため、投与濃度を生理的濃度の50倍以上で検討した。その結果、GABA・グルタミン酸・D-セリンなどの放出が増加した。
記憶形成にはH2SやH2Snを生合成する「3MST」と標的分子「TRPA1」チャネルが必要
次に、記憶形成について、記憶形成モデルと考えられている海馬長期増強(LTP)に対する3MSTとTRPA1チャネルの影響について検討した。3MST欠損ラット海馬スライス標本ではLTPが誘導されず、H2S2を補充することでLTP誘導が回復した。このことは、LTPの誘導には3MSTの生合成産物H2S2が必要であることを示している。一方、TRPA1チャネル欠損ラット海馬ではLTPは誘導されず、H2S2を補充してもLTPは誘導されなかった。これは、H2S2がTRPA1チャネルを標的としていることを示している。
3MST/TRPA1チャネル両欠損ラットでもLTPは誘導されず、H2S2補充でも誘導されず、D-セリン補充によって、誘導された。これらの結果から、記憶形成にはH2SやH2S2を生合成する3MSTとその標的分子TRPA1チャネルが必要であることが明らかになった。
H2S/H2S2不足で統合失調症様行動が引き起こされる可能性
グルタミン酸系神経とGABA系神経のバランスの乱れは、統合失調症の病態生理に関わっていると考えられている。D-セリン濃度はGABA受容体によって制御されており、L-セリンをD-セリンに変換するセリンラセマーゼは統合失調症脆弱性に関わっている。幼少期におけるMK-801などのNMDA受容体アンタゴニスト投与によって青年期に認知機能低下や過活動などの統合失調症様症状が出現することが知られている。3MST欠損ラットではH2SやH2S2の生合成が低下しており、グルタミン酸やD-セリンの放出も低下することから、幼少期からNMDA受容体の活動が抑えられていると考えられる。
そこで、3MST欠損ラットとTRPA1チャネル欠損ラットにMK-801を投与し、過活動を野生型ラットと比較した。MK-801投与によって全てのラットに過活動が認められたが、3MST欠損ラットでは、野生型に比較し有意に亢進した。この結果から、H2S/H2S2不足によって統合失調症様行動が引き起こされることが示唆された。
以上のことから、3MSTによって生合成されたH2S/H2Snが、神経伝達物質放出を亢進し、さらに標的分子TRPA1受容体を活性化することで、記憶形成にかかわり、一方、その不足が統合失調症様行動につながっていると考えられた。
統合失調症の診断・治療に役立つことに期待
これまで、H2S/H2Snによる神経伝達亢進についてはわかっていたが、神経伝達物質そのものの放出を制御していることが同研究で初めて明らかにされた。「H2S/H2Snが記憶形成に関わっていること、さらにその不足が統合失調症様行動に関わっていることが明らかとなり、統合失調症等精神疾患の診断・治療の切り口になることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース