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運動時の手足の感覚調節に重要なシナプスと脳の仕組み、サル実験で解明-NCNPほか

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2023年10月27日 AM11:39

膨大な感覚信号を脳はどう処理して運動をコントロール?

(NCNP)は10月25日、運動するときに発生する手足の感覚信号が、「シナプス前抑制」という仕組みによって調節されており、この調節によって運動が巧みにコントロールされていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター神経研究所モデル動物開発研究部の関和彦部長、窪田慎治室長、生理学研究所認知行動発達機構研究部門の戸松彩花特任准教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトを含めたほ乳類の皮膚・筋肉・関節には、触覚・痛覚・力感覚・位置感覚などさまざまな信号を受容して脳に伝える細胞(受容器)が多数存在する。ヒトが手足を動かす際、それらは現在の身体の状態を刻一刻と脳に送り続けている。例えば、野球のバッターがボールを打つ際には、1トンの物を動かせるほどの力が瞬間的にバットにかかるが、このような非日常的な力が身体に与えられたとき、全身の受容器は一斉にそれぞれの活動を高めるため、神経系は膨大な量の感覚信号を一斉に受けて、パンク状態になるかもしれない。しかしバッターはそんな状態でも、バットのスイングや足の踏ん張りをコントロールして、狙ったところにボールを弾き飛ばすための動きを続けなくてはならない。

身体運動の制御における感覚情報の役割は、古くから関心を集めてきた研究課題であり、さまざまな仮説が提案されてきた。試合中に感じなかったケガの痛みを試合終了後に急に感じ始めるといったアスリートの逸話や、運動中の触覚や聴覚、視覚情報が一時的に低下する現象が実験的にも確認されてきたため、感覚受容器からの信号を運動中に過小評価する仕組みが脳神経系内にある、と考えられてきた。しかし、手足の精緻な運動制御に最も重要である固有感覚も同じように運動中に過小評価されるのか、またその具体的なメカニズムに関しては明らかではなかった。

手首運動中のサルで、「シナプス前抑制」の大きさを測定

研究グループは今回、手首の屈曲伸展運動をするサルの脊髄を対象に研究を行った。具体的には、サルの手首運動中に固有感覚の神経終末に生じるシナプス前抑制の大きさを測定した。情報は神経から神経へと伝達されることで神経系内に広がる。シナプス前抑制が強まることは、信号伝達が抑制されて情報の広がりが抑えられることになり、シナプス前抑制が弱まることは、抑えていた情報が広がりやすくなるということを意味する。

シナプス前抑制の測定には興奮性試験を用いた。これは、神経終末の電位を評価する手法で、神経終末の電位の高さはシナプス前抑制の強さを示す。この電位評価のため、逆行性電位(ADV)を観察した。運動中のサルの脊髄にある手首伸筋の感覚神経終末を微弱に電気刺激して、手首伸筋の感覚神経束から逆行性電位を測定した。ADVが大きいとき、シナプス前抑制も大きいといえるため、これが運動中に変化するならば、サルが運動の局面に応じた感覚情報の調整をしていることが考えられる。脊髄刺激で誘発されたADVの大きさが運動遂行中にどのように変化するのか、動的運動(AM)、筋力維持(AH)、受動的運動(PM)に分けて解析した。

運動の局面に応じてシナプス前抑制の大きさに変化

その結果、シナプス前抑制の大きさは、運動中いつも一定なのではなく、位相によって変化していることを発見した。具体的には、手首伸展時にはAMだけで一瞬小さくなり、一方、手首屈曲時には持続的に大きくなることがわかった。つまり、筋肉が活動、すなわち収縮する時には、筋肉の状態に関する信号が次の神経細胞に伝わりやすく、逆に筋肉が引き延ばされる時は、その状態が次の神経細胞に伝わりにくくなっていたということだ。この結果は、筋の感覚神経から脊髄への信号伝達が、運動の局面に応じてシナプス前抑制により変化している証拠であると考えられた。

シナプス前抑制の変化は、脳からの筋活動を作り出すのと同等の運動指令によるものと判明

次に、何がこのようなシナプス前抑制の変化を起こしているのかを解明するために、ADVの時間変化を詳しく解析した。すると、手首伸展時のシナプス前抑制の低下は、筋活動の開始とともに始まり、手首が動き始めた時刻とは関係がないことがわかった。筋活動の開始は脳からの運動指令の始まりを表し、手首の動きの開始は皮膚や筋の感覚受容器の活動増加の始まりを表す。つまり、今回観察されたシナプス前抑制の変化は、運動の結果として生じる末梢の感覚情報からではなく、筋活動を作り出すのと同等の、脳からの運動指令によって引き起こされたということである。この解析によって、脊髄内のシナプス前抑制の調整が脳内の運動指令中枢によって制御されていることが明らかになった。

脳はシナプス前抑制の強さを変化させて筋活動の大きさを制御、それにより運動をコントロール

さらに、シナプス前抑制の変化が、運動の成績とどのような関係にあるか調べた。サルに行わせた手首伸展試行を成功トライアルと失敗トライアルに分類し、各トライアルにおいてAM中に記録されたADVのサイズと比較した。その結果、ADVのサイズが大きいトライアルは、タスク成功率が高かったことが示された。その原因を調べると、ADVの大きいトライアルでは、手首伸筋の活動が有意に大きいことがわかった。つまり、脳はシナプス前抑制の強さを変化させて筋活動の大きさを制御し、それによって手首の運動を巧みにコントロールしていることがわかった。

リハビリ、スポーツ、義肢装具開発などさまざまな場面での応用に期待

今回の研究で明らかになったシナプス前抑制の運動制御での利用がうまく行われないと、不要な情報処理にエネルギーを使うために疲弊しやすい上に、必要な情報の処理に十分なリソースが割けなくなり、適切で効率的な運動制御ができなくなると考えられる。これは症状として感覚運動異常を示す疾患のいくつかを共通して説明し、新たなリハビリテーション技術の開発につながる成果だ。

さらに、シナプス前抑制の運動制御での効率的な利用は、運動学習によるものである可能性が考えられる。アスリートのトレーニングなどに、シナプス前抑制による感覚増強や減弱の考えを取り入れた訓練方法を開発することにより、従来法では実現できないレベルの競技力向上などが期待される。

また、ヒトの運動をアシストするために開発されるさまざまな機械の開発にも応用が期待できる。「例えば、交通事故や神経筋疾患などさまざまな理由によって手足の運動機能に障害をもち、義肢装具を利用する人に対し、生体でのシナプス前抑制の仕組みを義肢装具制御に応用することにより、より「本物」に近い義肢装具が開発でき、障害を持つ方の生活の質の向上が期待される。そして、人間の機能を一部代行するヒト型ロボットの開発に、生体でのシナプス前抑制の仕組みを搭載することによって、よりヒトに近い動きができるロボットが設計されることが期待される。ヒトに近い動きの実現は、より親和性が高いロボットの開発を可能にすると考えられる」と、研究グループは述べている。

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