筋幹細胞の数が加齢でも「減少しにくい筋肉部位」に着目
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は10月19日、加齢と共に骨格筋の幹細胞数が減少するメカニズムの一端を解明し、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の前駆体であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)投与によるミトコンドリア機能回復が筋幹細胞数の維持に貢献することを発見したと発表した。この研究は、同センター神経研究所遺伝子疾患治療研究部の本橋紀夫室長、峰岸かつら室長、青木吉嗣部長の研究グループによるもの。研究成果は「Cell Death & Disease」に掲載されている。
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全身で最大の組織である骨格筋は、日常生活の身体活動に大きく関与するが、傷害を受けた場合に再生をする、あるいは肥大・萎縮する能力を持っている。その中心的役割を果たしているのが、骨格筋に存在する筋幹細胞である。この細胞は、筋肉が壊れた際に増殖・分化をして新しい筋線維を形成して修復を行う、あるいは筋力トレーニングを行なった際に筋線維に動員されて筋肥大を助ける。したがって、筋幹細胞の数を維持することは、筋再生や筋肥大の能力を維持するためにも非常に重要だ。しかし、この筋幹細胞の数は加齢に伴って減少する。すると筋萎縮が進行して転倒等による受傷リスクが上昇し、さらに傷害を受けた筋の修復が遅延することで寝たきりに陥り、結果としてサルコペニアが進行すると考えられている。
興味深いのは、筋幹細胞数の減少は全身では均一には起こらず、加齢の影響を受けやすい部位と影響を受けにくい部位が存在するということだ。研究グループは、筋幹細胞の数を維持するためのヒントがそこに隠されていると考え、さまざまな筋肉(大腿四頭筋・前脛骨筋・ヒラメ筋・横隔膜・外眼筋)を由来とする筋幹細胞の機能特性を比較することで、筋幹細胞の数を維持するメカニズムを明らかにし、サルコペニアに対する予防・治療法の開発につなげることを目指した。
さまざまな筋幹細胞の遺伝子発現解析で機能特性比較
骨格筋には収縮速度の違いによって分類された2種類の筋線維タイプ(速筋・遅筋)が存在する。研究グループは以前に、それぞれの筋線維タイプに存在する筋幹細胞は異なる機能を持つことを見出している。今回は、さらにさまざまな骨格筋から単離・培養した筋細幹胞を用いて遺伝子発現解析を行い、由来する骨格筋部位と筋幹細胞機能との関連について調べた。
その結果、さまざまな骨格筋を由来とする筋幹細胞の遺伝子発現パターンはそれぞれ大きく異なることが示された。特に同じ速筋線維で形成される大腿四頭筋または前脛骨筋を由来とする筋幹細胞の遺伝子発現を比べると、そのパターンは大きく異なることがわかった。すなわち筋幹細胞の能力は、各筋幹細胞が存在する筋線維タイプの影響は受けず、むしろ由来する筋組織によって異なることがわかった。
ヒラメ筋由来の筋細胞で、ミトコンドリア複合体を形成するタンパク質が高発現
ヒラメ筋は加齢の影響を受けにくいことが知られ、今回、前脛骨筋と比べても明らかに筋幹細胞の数が維持されていることもわかった。そこでヒラメ筋および前脛骨筋由来の筋幹細胞を用いてプロテオミクス解析を行った。その結果、ヒラメ筋由来の筋細胞ではミトコンドリア複合体を形成するタンパク質であるNdufs8 (NADH:Ubiquinone Oxidoreductase Core Subunit S8)が高く発現していることがわかった。さらにNdufs8遺伝子発現は加齢に伴って減少することから、サルコペニアと関連する可能性が考えられた。
Ndufs8遺伝子過剰発現<細胞死抑制<筋幹細胞産生
研究グループは、Ndufs8遺伝子について詳しく検討した。筋細胞にNdufs8遺伝子を過剰に発現させると、ミトコンドリア形態が変化し、筋細胞の細胞死が抑制され、さらに、筋幹細胞の産生が促進されることが明らかとなり、筋幹細胞数の維持に関与する可能性が示唆された。
一方、筋細胞内でNdufs8遺伝子発現が低下すると、細胞内NAD+量が減少し、長寿遺伝子と呼ばれるSirtuinの活性が低下するため、結果としてp53タンパク質活性化による細胞死が誘導されることがわかった。
加齢した筋細胞に対するNAD+補充は、筋幹細胞数の維持に有効な可能性
そこでNdufs8発現が低下した筋細胞に対して、NAD+の前駆体であるNMNを添加すると、細胞内NAD+量が回復してp53タンパク質の不活性化され、その結果、細胞死が抑制され、培養条件下においてより多くの筋幹細胞が産生された。さらにNMNを加えて培養した細胞をマウス骨格筋に移植すると、多くの筋幹細胞および筋線維を産生した。すなわち、加齢した筋細胞に対するNAD+補充は、筋幹細胞数の維持に有効である可能性を示した。
研究成果は、加齢によって生じる筋幹細胞数減少のメカニズム解明に基づいた、サルコペニアの新しい治療法の開発につながることが予想され、健康寿命の増進にも大きく貢献できると考えられる。近年では糖尿病を含むさまざまな疾患においても、筋幹細胞数の減少および組織内NAD+量の減少がこれまで報告されており、今回発見したメカニズムと同様の機構が関与していることが予想される。
「現在社会問題となっているサルコペニアのみならず、生活習慣病などのさまざまな疾患に対する予防・治療法開発の大きな手がかりとなることが期待される。さらに骨格筋量は認知機能にも影響を与える可能性が指摘されており、この研究成果はさまざまな神経筋疾患の予防・治療開発に波及することも期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース