医療費増の背景に「マルチモビディティ」、日本の実態は?
慶應義塾大学は10月19日、2015年度に全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入していた被保険者1698万9,029人の内、医療費が上位10%にあたる169万8,902人の高額医療費集団をについて解析し、2つ以上の慢性疾患が個人に併存している状態を指すマルチモビディティのパターンについて明らかにしたと発表した。この研究は、同大スポーツ医学研究センターの勝川史憲教授、同大学大学院健康マネジメント研究科の山内慶太教授、東京医科歯科大学M&Dデータ科学センターの髙橋邦彦教授、川崎医科大学医学部の神田英一郎教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「PLoS One」に掲載されている。
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日本では保険証があれば医療機関を自由に選ぶことができ、窓口での一部負担金だけで診療や薬の給付など必要な医療サービスを平等に受けることができる。保険料は、被保険者と事業者が折半して支払っているが、近年では賃金に比して医療費が年々増加しており、各医療保険者の財政を圧迫している状況にある。このため、医療保険制度を持続させる観点では、医療費が高額となる疾病を予防するような対策が必要となる。
医療費を増加させる原因の一つとして、個人に2つ以上の慢性疾患が併存している状態を示すマルチモビディティが近年国際的に注目されている。しかし、マルチモビディティに関する国内の先行研究は欧米諸国と比較して少なく、日本人におけるマルチモビディティの実態はこれまでよくわかっていなかった。
協会けんぽは、2020年度より加入者約4,000万人分の匿名化された健診・レセプトデータを分析できる環境を、外部有識者に提供する委託研究事業を開始している。研究グループは今回、同事業を通して、日本人就労世代の高額医療費集団に特徴的なマルチモビディティ・パターンを明らかにする研究を行った。
医療費の上位10%にあたる約170万人を対象に併存疾患のパターンを検討
2015年度に協会けんぽに加入していた18歳以上65歳未満の被保険者1698万9,029人の内、医療費が上位10%にあたる169万8,902人(高額医療費集団:医療費全体の約6割を占める)を解析対象とした。高額医療費集団に特徴的なマルチモビディティ・パターンの検討には潜在クラス分析という手法を用い、出現頻度の高い疾病コード(68病名)に基づいて30パターンに分類した。
9割以上がマルチモビディティに該当、「メタボ」医療費が約3割
その結果、医療費が上位10%の集団では、95.6%の人がマルチモビディティに該当していた。マルチモビディティ・パターン別の年間総医療費(円)と一人当たりの年間医療費(円)を確認したところ、糖尿病、高血圧症、脂質異常症を合併した広義のメタボリックシンドロームを含むパターンは7種類に分類され、それらの合計医療費は全体の約3割を占めた。一人当たりの医療費でみると、腎臓病のパターンが最も高額だった。
性別・年代別に30パターンの内訳を確認したところ、男性では30代でメタボリックシンドロームのパターンに分類される者の割合が20%を超え、その割合は50代以降では半数以上になった。女性は、40代までは周産期の病名や月経前症候群のような疾病を中心とする女性特有のパターンに分類される者が半数近くを占めていたが、50代以降ではメタボリックシンドロームや運動器疾患のパターンに分類される者が増えていた。
就労世代であってもマルチモビディティの予防が重要
患者数・医療費ともに多いメタボリックシンドロームの重症化予防の重要性が改めて示唆された。今回解析に用いたレセプト病名は必ずしも実際の病態を反映しないケースもあるため、結果の解釈については注意が必要であるが、将来的な医療費を抑制する観点では就労世代であってもマルチモビディティの予防が重要であることが示唆された。「研究成果は、複雑な病態であるマルチモビディティを理解する一助となり、今後の健康施策やプライマリ・ケアにおける治療方針を検討する上で役立つ知見となる」と、研究グループは述べている。
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