発症した際の死亡率が特に高い急性高血圧症、近年の動向や緊急透析の実施率は不明
東京医科歯科大学は10月16日、これまで不明だった、悪性高血圧に代表される急性高血圧症の死亡リスク・緊急透析実施リスクを全国規模の入院データ解析により初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科腎臓内科学分野の内田信一教授、萬代新太郎助教、松木久住大学院生、横浜みなと赤十字病院の源馬拓医師(前 東京医科歯科大学病院特任助教)、東京医科歯科大学大学院医療政策情報学分野の伏見清秀教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Hypertension」にオンライン掲載されている。
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高血圧患者数は最近30年間で倍増しており、世界人口の13億人(約6人に1人)が罹患しており、日本でも成人の約2人に1人が罹患している。長期間の高血圧によって全身の動脈が傷害されることで、心血管病(心筋梗塞、狭心症、心不全など)や脳卒中などの臓器障害を来し、全身の臓器に悪影響を及ぼすことがわかってきている。このため、高血圧に起因した死亡率もまた増加傾向にある。また、高血圧によって腎臓の濾過能力が衰えることも知られており、慢性腎臓病による透析開始原因の第2位が高血圧となるなど、血圧と腎臓は密接に関わっている。
研究グループはこれまで、塩分感受性高血圧や血管障害の分子メカニズムの解明をめざし研究開発を行ってきた。なかでも急激な血圧上昇によって微小血管障害、臓器障害を来す症候群は急性高血圧症(acute hypertension)と呼ばれる。この病態の中に、最も予後が悪いと考えられてきた悪性高血圧(または加速型-悪性高血圧)を筆頭に、高血圧性脳症や高血圧性心不全といった病態が含まれる。
急性高血圧症の発症頻度は、一般的な高血圧症と比べると比較的低いものの、発症した際の死亡率はとりわけ高いことが知られている。これまでの疫学研究は、比較的小規模かつ、大規模研究は最近10年間ほどアップデートされておらず、近年の動向は不確かだった。加えて、入院後の緊急透析の実施率への影響については明らかにされていなかった。
新型コロナ流行前10年間、急性高血圧症で入院した5万人を大規模調査
今回研究グループは、新型コロナウイルスの世界的大流行前10年間(2010~2019年)における、5万人以上の急性高血圧症患者を対象とした全国規模の調査を行い、急性高血圧症の院内死亡率と緊急透析実施率の動向と、関連するリスク因子についても明らかにすることを目的とした。
DPC入院データベースの解析を通じて、急性高血圧症の院内死亡率と緊急透析施行率の近年の動向について、全国規模の実態調査を初めて行った。国内の8,000以上の病院施設のうち、DPC調査参加病院は5,000病院を超え、現在60%を超える入院症例を網羅している。研究グループは、2010年から2019年にかけて急性高血圧症で入院した5万316人を抽出し、発症率、死亡率、緊急透析施行率の動向とともに、リスク因子についてポアソン回帰分析で解析した。DPC登録病名として識別可能な悪性高血圧、高血圧緊急症、高血圧切迫症、高血圧性脳症、高血圧性心不全の5つの病型スペクトラムを対象とした。
患者年齢の中央値は76歳であり、59.4%は女性だった。悪性高血圧1,792人、高血圧緊急症1万7,907人、高血圧切迫症1,562人、高血圧性脳症6,593人、高血圧性心不全2万2,462人が含まれた。全体の年間発症率は、10万人あたりのDPC登録全入院患者数に対して70人だった。10年間でみると明らかな減少はみられなかったが、高齢者や高血圧性心不全の占める割合が増加傾向にあることがわかった。
院内死亡率は2.88%に増加、低体重群では死亡リスクが高いことも判明
院内死亡率は1.83%(95%CI:1.40-2.40)から2.88%(95%CI:2.42-3.41)に増加しており、ポアソン回帰分析の結果、高齢、男性、低体重、悪性高血圧、高血圧性心不全、基礎疾患としての慢性腎臓病が死亡率増加のリスク因子であり、一方で病院規模の大きな病院(入院患者数)での診療は死亡率の低下と関連することがわかった。
特に体重に関して、低体重群では死亡リスクが高く、高体重群では死亡リスクがむしろ低下するという肥満のパラドクスを認めた。とりわけ痩せている高齢者では、低栄養や身体的活動が低いために予備能が低い傾向にあることや、また体重減少やサルコペニアを来すような基礎疾患を有している可能性が否定できないことが関係している可能性がある。さらに、痩せていることで一見してわかりにくい隠れたむくみ・うっ血が見逃されやすくなる可能性も考えられる。いずれの場合も、予備能を高めることを目的とした栄養療法や運動療法の介入は、急性高血圧、高血圧患者の予後を改善するために重要と考えられた。
緊急透析実施率は1.52%から2.6%に増加、緊急透析実施は死亡リスク増加とも関連
一方で、緊急透析実施率は、維持透析例を除いた4万8,235人において1.52%(95%CI:1.12-2.06)から2.60%(95%CI:2.17-3.1)に増加していた。ポアソン回帰分析の結果、基礎疾患としての糖尿病、慢性腎臓病、強皮症、急性高血圧病型として悪性高血圧、高血圧性心不全が、緊急透析の強いリスク因子であることが明らかになった。また緊急透析の実施は、死亡リスクの増加と関連していた。緊急透析実施率の全体的な動向は、若年、男性、肥満、高血圧性心不全の病型それぞれの緊急透析施行率の動向と類似しており、特定の高リスク集団の存在が示唆された。
検証を続ける必要はあるが、高血圧患者の死亡率改善に貢献し得る成果
今回の研究は観察研究である性質上、因果関係を証明するものではないため、結果の解釈は慎重になる必要がある。また、データベースに検査データが含まれないため、より詳細なリスク因子の評価と、それらを克服するための治療戦略を構築するため、さらに検証を続けていく必要があると考えられる。
急性高血圧症の粗死亡率は2010年から増加しており、高齢、低体重、高血圧性心不全の病型でとりわけ増加していることが明らかになった。また、緊急透析施行率も増加傾向にあり、死亡リスクの増加に関連していることがわかった。従来から「悪性」高血圧と呼ばれていた急性高血圧症であるが、最近の予後の傾向については疫学研究が不足しており、その詳細は不明だった。
「この研究によって、高血圧治療の進歩にも関わらず急性高血圧症の発症数は明らかな減少に転じていない事、いまだに高い死亡リスク水準にあることがわかった。必ずしも因果関係のみを反映した解析結果ではない点や、採血や画像検査データなどが不足していた点、退院後の長期予後を解析できない点などが今後の課題だが、低体重患者における一見してわかりづらい体液過剰の早期発見や栄養状態への介入の重要性など、高血圧患者の死亡率改善に貢献し得る成果が得られた」と、研究グループは述べている。
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