労働者メンタルの保持・増進のための介入の現状と課題は?
東京大学は10月13日、系統的レビューに基づき、労働環境によるストレスとうつ病の発症との間に関連性があること、個人向け介入に比べて組織介入が不足していることを明らかにし、今後の職場のメンタルヘルス対策の進展に寄与する6つの提言について発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の川上憲人特任教授と、デンマーク、アイルランドなどの研究者と共同で実施したもの。研究成果は、「Lancet」に掲載されている。
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精神的な健康問題や精神障害は、労働者でよく見られる健康問題であり、本人、雇用主および社会に大きな影響を及ぼす。その対策のためには、仕事が精神健康に与える影響について明らかにし、労働者の精神健康の保持・増進のための介入手法の現状と課題を明らかにした上で、必要な研究や施策を進める必要がある。研究グループはこれまでにも、仕事と健康に関する論文を発表している。今回の研究はそのシリーズの2番目であり、職場のメンタルヘルス対策に関する現在の科学的知見、推奨事項、必要とされる研究について整理し、提言することを目的とした。
高ストレス状態・いじめ・嫌がらせとうつ病発症リスクに一貫した関係性
物理・化学的、人間工学的、心理社会的な労働環境への暴露と精神障害の発症に関する前向き研究について、2017年から2021年までの間に公表されたメタ分析を行っている系統的レビューを検索した。1,242件がヒットし、うち7件のレビューから26の労働環境と精神障害との関連性に関する統合された推定値を抽出した。
その結果、「仕事の要求度―コントロールモデル」(仕事で求められる負荷などの要求度と労働者が持つ裁量権とのバランスにより健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論)、「努力報酬不均衡モデル」(仕事で求められる努力と、そこから得られる報酬がつりあわない場合に健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論)、「組織公正(組織における意思決定の手続きや管理監督者の部下への態度が公正でない場合に健康問題が生じやすくなると考える職業性ストレスの理論)」などによる高ストレス状態および職場のいじめ・嫌がらせと、うつ病性障害の発症リスクとの関係が一貫して見られた。
このことから、職業性ストレスの理論の深化、暴露測定の方法の改善、生物心理社会的機序の解明、研究デザインや解析手法の革新、ライフコース視点の取り込み、悪化や再発に関する研究が今後必要であることが考えられた。
ほとんどの介入は個人レベルに焦点、組織介入との組み合わせによる改善に期待
研究グループは、労働者の精神健康を保持・増進する職場での介入に関して、1.有害影響を防止する(prevent harm)、2.仕事のポジティブな面を促進する(promote the positives)、3.精神的問題に対応する (respond to problems)の 3つに区分して文献をレビューした。
1については、仕事のコントロールを改善する組織介入が一貫して効果を示していた。2については、なお科学的根拠が限られているが、管理監督者およびリーダーシップ研修が効果的である可能性が考えられた。3については、メンタルヘルスファーストエイド(専門家に相談する前に、一定の訓練を受けた非専門家の支援者や市民が、精神的問題を有する人に対して、適切な初期支援を行うための行動計画のこと)や偏見への対策が効果的である可能性が考えられた。
ほとんどの介入は個人レベルに焦点を当てており、組織と労働環境を改善する積極的な介入をより一層開発・実施する必要があると考えられた。また、組織介入と個人向け介入を統合した介入戦略が注目を集めており、労働環境と労働者の精神健康の両方を改善する可能性がある。さらに関係者により共創的にデザインされ、さまざまな状況に対応した介入を開発・実施するには、全ての関係者が参画する学際的アプローチを進めてゆくことが必要と考えられた。
職場のメンタルヘルス対策の方向性で6つの提言
さらに研究グループはこれらの結果に基づき、6つの推奨事項を提案した。
1:精神的問題および精神障害のリスクを増加させる科学的根拠のある労働環境を規制し、管理すべきであること。
2:精神的に健康な仕事を形成する方針を作成、改善すること。特に非熟練労働者および低所得労働者の労働環境に焦点をあてること。
3:組織内の全ての階層において精神的に健康な仕事を創り維持するための指針、および管理監督者および労働安全衛生の専門家のための体系的な能力向上および教育訓練プログラムを促進するための指針を作成すること。
4:精神的問題および精神障害を持つ者が労働に参加できるように、国がサポートすること、また職場環境を改善すること。
5:精神的問題および精神障害の臨床的評価、診断および管理において、仕事と労働環境に関する情報を常に考慮すること。
6:国の精神保健の戦略の中に職場が含まれることを確実にし、職場のメンタルヘルスの重要性について社会的な認識を醸成すること。
「これらの6つの提言は、これからの職場のメンタルヘルス対策の進むべき方向性を示すものであり、2022年発表されたWHOメンタルヘルス対策ガイドラインやILO/WHO政策ガイドとともに、職場のメンタルヘルス対策の研究および実践を推進する基盤となると期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院医学系研究科・医学部 プレスリリース