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胃粘膜上皮が腸上皮化生に至る過程、空間+シングルセル遺伝子発現解析から解明-東大

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2023年10月17日 AM11:33

多様な細胞から構成される胃、1細胞単位での遺伝子発現プロファイル解明が重要

東京大学は10月13日、ヒトの胃の13万7,610細胞のシングルセルRNA-seqおよび24万4,445細胞の空間遺伝子発現解析を行い、胃を構成する細胞の空間情報を含めた遺伝子発現プロファイルを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科衛生学分野の坪坂歩大学院生、石川俊平教授、人体病理学・病理診断学分野の牛久哲男教授、消化管外科学の瀬戸泰之教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

消化管の中でも胃は、食物の一過性の貯蔵・胃酸分泌・粘液分泌・消化ホルモン分泌など多彩な役割を持ち、小腸や大腸と比較して構成される細胞が多様である。そのため、胃粘膜上皮における幹細胞の同定や、細胞分化・ホメオスタシスについて、また前がん病変とされる腸上皮化生に至る詳細な過程の全貌は、いまだ明らかにされていない。

近年、1細胞単位でそれぞれの細胞の発現パターンを明らかにするシングルセルRNA-seqが盛んに行われており、多様な細胞種の同定に始まり、その幹細胞性や分化段階を推測することや、各細胞間の相互作用を理解することにも役立っている。しかし、これまで世界的な正常細胞のシングルセルRNA-seqのデータベース「Human Cell Atlas」には、胃のデータはほとんど含まれていなかった。また、シングルセルRNAseqの欠点として、得られた細胞が組織内でどこに存在しているのか、という空間的な情報が失われてしまうことが挙げられるため、組織上で遺伝子の発現プロファイルを同定する空間遺伝子発現解析技術が、新たに開発されてきた。

これらを踏まえて、胃の各細胞の遺伝子発現プロファイルを1細胞単位で明らかにし、それぞれの相互作用を空間的に明らかにすることは、胃のホメオスタシスを理解したり、胃がんを始めとしたさまざまな疾患のメカニズムや発症機序を明らかにしたりするために重要と考えられる。

32人13万7,610細胞のシングルセルRNA-seq解析を実施

研究グループはまず、同大医学部附属病院で外科的胃切除術を施行された15人の正常胃組織についてシングルセルRNA-seqを行い、さらに公開データベースに登録された17人のシングルセルRNA-seqのデータを統合して、合計32人から13万7,610細胞の解析を行った。そして、胃を構成する主要な細胞種である上皮細胞、線維芽細胞、免疫細胞、血管内皮細胞を同定し、特に上皮細胞・線維芽細胞について詳しい解析を行った。

上皮細胞と腸上皮化生細胞をつなぐ細胞集団から新たな幹細胞マーカーLEFTY1を同定

上皮細胞の解析では既知の細胞種を同定したのちに、trajectory解析を行ったところ、正常な胃の上皮細胞と腸上皮化生の細胞との間をつなぐ「Linking cell」が存在していた。この細胞集団は、遺伝子発現パターンの解析結果から他の細胞よりも幹細胞性が高いと示唆され、特徴的にLEFTY1遺伝子を発現していた。これまで、胃の幹細胞マーカーとしてLGR5やCD44といった遺伝子が知られていたが、「Linking cell」においてはLEFTY1の方がより特異的に発現しており、LEFTY1は新たな幹細胞マーカーとして有意義であると考えられた。さらに、LEFTY1陽性細胞の機能を調べるため、LEFTY1レポーターマウス(-CreERT2:Rosa26-tdTomato)を用いた細胞系譜追跡解析を行ったところ、薬剤性に胃粘膜障害を誘導した胃粘膜では、LEFTY1陽性細胞が再生上皮細胞を生み出しており、幹細胞もしくは前駆細胞として働くことを示した。このように、データ駆動型研究で幹細胞マーカーを新規に同定することに成功した研究はこれまでにほとんど報告されておらず、今回の研究の解析手法が非常に的確であったと考えられる。

胃上皮細胞の腸上皮化に関連する線維芽細胞の亜集団を同定

線維芽細胞の解析では、特徴的な遺伝子発現のパターンから6種類の亜集団を同定した。線維芽細胞の亜集団と腸上皮化生の関連を調べたところ、特にPDGFRA・BMP4・WNT5A陽性線維芽細胞の増加が、胃上皮細胞の腸上皮化に先行して生じていることが明らかになった。また、小腸・大腸のシングルセルRNA-seqデータベースであるGut Cell Atlas(https://www.gutcellatlas.org/)と比較すると、胃の線維芽細胞では特異的にBARX1やTRPA1という遺伝子が発現していることがわかり、これらの発現は腸上皮化生に移行しても維持されていた。この結果から、腸上皮化生の成り立ちには胃特異的な線維芽細胞の役割が非常に大きいことが想定される。

表層が腸上皮化生細胞へ変化すると移行部でLEFTY1が過剰発現

次に、胃粘膜組織において1細胞レベルの解像度で空間遺伝子発現解析を行い、シングルセルRNA-seqで同定した各細胞が、組織内でどこに存在するのかを明らかにした。その中でも、粘膜深層は正常胃上皮細胞が保たれていても、表層は腸上皮化生細胞へ変化している組織(不完全型腸上皮化生)において、その移行部で幹細胞マーカーとして同定されたLEFTY1が部分的に過剰発現していた。すなわち、腸上皮化生の発生素地には、LEFTY1陽性細胞の増殖が関与していることが示唆された。また、各細胞間の距離を定量的に評価したところ、腸上皮化生領域表層に特異的に、上述したPDGFRA・BMP4・WNT5A陽性線維芽細胞が増加していることが確認された。さらに腸上皮化生上皮とPDGFRA・BMP4・WNT5A陽性線維芽細胞の相互作用についてリガンド・レセプター解析を行い、細胞増殖・分化に関わるNRG1–ERBB3シグナルやWNT5A–FZD5シグナルが重要であることがわかった。

各胃細胞の炎症性変化~発がんに至る網羅的なデータ、詳細な病態解明につながると期待

今回、大規模なシングルセルRNA-seq・空間遺伝子発現解析によって、新たな胃の上皮幹細胞の特徴や、腸上皮化生と線維芽細胞の相互作用が解明された。「この網羅的なデータは、胃の分化・ホメオスタシスから、炎症性変化を経て発がんに至るまでの理解を深める礎となると考えられる。今後は、さらに詳細な病態解明および、予防・治療へ向けた研究への応用が期待される」と、研究グループは述べている。

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