「グルーヴリズム+短時間運動」で前頭前野実行機能を高められるのか?
筑波大学は10月13日、グルーヴ感を生み出すリズム(グルーヴリズム、GR)に対して親和性が高い人は、脳の前頭前野の実行機能と前頭前野背外側部(DLPFC)の活性化が、通常の軽運動時よりも促進されることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大体育系/ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授と、北海道医療大学看護福祉学部/全学教育推進センターの福家健宗助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuroscience」に掲載されている。
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有酸素運動は、軽い強度でも前頭前野の機能を高める効果が確認されているが、日本における運動習慣者の割合は3割弱とされており、低調だ。この課題を解決するには、短時間で効率的に効果が得られ、継続して取り組みたくなるような運動条件を検討する必要がある。
研究グループはこれまで、好きな音楽を聴きながら運動し、ポジティブな気分が高まると、運動が前頭前野の実行機能を高める効果が向上する可能性を見出した。さらに、聴くと身体を動かしたくなるGRが運動と相性が良いことに注目し、その効果検証を進めてきた。グルーヴ感は音楽業界で曖昧に共有された感覚だったが、2006年に「音楽を聴いて身体を動かしたくなる感覚」がこの感覚をよく表すとした研究が発表されて以降、多くの研究でこれが定義として活用されるようになった。その後、どのような要因がグルーヴ感を高めるのかについても研究が行われ、拍の顕著性・音の数の多さ・低音成分・シンコペーション・テンポなどが影響することが明らかとなった。また、グルーヴ感が誘発される程度には個人差があること、報酬系の一部である側坐核の神経活動は主観的な「グルーヴ感」と「ポジティブな感情」の両方のレベルと相関関係にあることが明らかとなっている。そして、報酬系の活性化でみられる神経伝達物質の放出亢進は、前頭前野機能を賦活する可能性がある。
これらを背景に研究グループは、運動をしなくてもGRを聴いてグルーヴ感と認知的覚醒(頭がすっきりした)がともに高まった人では、左DLPFC神経活動と実行機能が高まることを明らかにした。このように、GRの効果には個人差があるものの、心理的反応を介して前頭前野神経活動を亢進し、実行機能を高める点は運動効果の機序と共通している。また、運動継続が困難な理由として「時間がない」ことが挙げられること、GRを用いた効果は飽きが生じると減弱してしまう可能性を考慮すると、「より短時間の運動効果」に関心が集まる。つまり、GRと短時間の運動を組み合わせることで、前頭前野実行機能を効率的に高められる可能性が考えられた。
若齢健常成人48人を対象に、GRに合わせた運動の効果を心理的反応に着目して検証
そこで今回、GRに合わせて超低強度運動を行った場合とコントロール音に合わせて運動を行った場合とを比較し、実行機能とそれに関連する左DLPFCの神経活動が向上するか否かを、GRに合わせた運動に対する心理的反応の個人差に着目して検証した。
研究では、GRに合わせた3分間の超低強度運動が実行機能と前頭前野神経活動にもたらす効果を検証した。若齢健常成人48人(18~26歳)を対象とした。事前に体力テストを行い、参加者それぞれの有酸素能力に応じて超低強度(30%V.O2peak)を設定し、リズムに合わせて3分間の自転車漕ぎ運動をしてもらった。その際、低~中程度のシンコペーション度数のドラム音楽をGRとして用いた。コントロール音刺激としては、ホワイトノイズのメトロノーム(WM)を使用した。
運動前後に、実行機能を評価するカラーワードストループテストを実施し、その時の左DLPFC神経活動を機能的近赤外分光法(fNIRS)で測定。個人差の影響を検討するため、類似した特徴を持つ集団をグループ化する方法としてクラスター解析を用いた。また、複数の変数間の関係性を見る方法としてパス解析を用いた。
全参加者を対象にした解析では、グルーヴ感の向上、ポジティブな心理状態の向上が見られたものの、実行機能や左DLPFC神経活動には効果が見られなかった。続いて、リズムに合わせて運動する事前の練習で、期待した練習効果(リズムとの同調感の向上)が得られなかった人(Negative practice effectグループ)を除いた上で、グルーヴ感と心理状態のそれぞれのカテゴリーで最も実行機能への効果に影響が大きかった「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」を用いてクラスター解析を行い、2つのグループに分けた。
「GRと親和性が高い」グループのみ実行機能と左DLPFC神経活動が高まると判明
その結果、「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」が両方とも高かった「GrooveEx-familiar」グループの参加者は、GRに合わせた運動により、実行機能と左DLPFC神経活動が高まった。反対に、「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」が両方とも低かった「GrooveEx-unfamiliar」グループの参加者は、GRに合わせた運動により、実行機能が低下した。さらに、全体のパス解析により、身体とリズムの同調感と興奮が高まるほど左DLPFC神経活動と実行機能向上効果が高まる関係を確認できたという。
これらの結果から、GRに合わせた運動(GR+運動)が実行機能と左DLPFC神経活動にもたらす効果の規定要因として、GR+運動に対する心理的反応(同調感や興奮)が影響力を有することが初めて明らかとなった。GRはリズムと身体動作の同調を促し、ポジティブな感情や報酬系を活性化することが知られている。GrooveEx-familiarグループの参加者は、リズムと身体動作の同調が成功し、興奮の大きな高まりとともに報酬系が活性化されたことで、前頭前野機能が高まった可能性がある。反対に、GrooveEx-unfamiliarグループの参加者は、リズムと身体動作の同調が上手く行かず、リズムを取ることに余計な注意を強いられ、認知的に疲労してしまった結果、実行機能が低下してしまった可能性があるという。
リズムと同調しやすい運動形態の検討などが必要
今回の研究により、グルーヴリズム(GR)に合わせた超低強度運動が前頭前野機能にもたらす効果には個人差があり、親和性が高い人では、超低強度運動による前頭前野機能への効果をGRが高めることが明らかにされた。今後は、リズムと身体を同調する能力など、個人差を生む潜在的な要因の影響や、リズムと同調しやすい運動形態の検討が望まれる。
「得られた知見を基に、GRに合わせた運動の効果を検証していくことで、脳機能の向上効果を引き出す豊かな運動条件の一つとして、GRの活用が促進されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL