骨髄の血管、組織の硬さから詳細は未解明だった
慶應義塾大学は10月6日、骨の血管構造に関して、これまで知られてこなかった新たな血管サブタイプが骨の端にあることを発見し、骨の発生や造血において、この血管が深くかかわっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部解剖学教室の久保田義顕教授、整形外科学教室、生理学教室、内科学教室(循環器)、共同利用研究室(細胞組織学)、国立国際医療研究センター研究所、長崎大学、新潟大学、滋賀医科大学、熊本大学、藤田医科大学、東海大学、米国ミシガン大学らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Cell Biology」にオンライン掲載されている。
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骨はカルシウムやコラーゲンなどに富んだ硬い組織で、からだを支え、内部の脳や臓器を守る。骨の役割はそれだけではなく、骨の内部(骨髄)には血液幹細胞という赤血球や白血球を生み出す大元となる細胞が潜んでおり、日々血球を産生し、全身に送り届ける(造血)。この硬い骨格としての役割と、血液産生の役割の両方において、生物学的に鍵となる構造が骨髄の血管である。この血管の構造を把握し、機能を調べるためには、「切片」を切って、その全体像を把握するという作業が不可欠だが、骨の「切片を切る」という作業は、他の柔らかい組織とは違い、その硬さゆえに難しく、他の臓器の血管に比べ、骨髄血管の詳細に関する理解はあまり進んでいなかった。
骨端部を切り落とさず、血管の全体像を可視化する方法を確立
従来の骨髄の血管や血球の研究においては、上記の骨の硬さがネックとなっていたため、骨の両端(骨端部)をハサミやメスで切り落とし、円筒状になった骨の幹の内部を洗い流し、骨髄の柔らかい成分のみを取り出した上で、フローサイトメーターなどで血管細胞、血液細胞を分取、解析するという手法が一般的だった。これを受けて研究グループは、骨の血管をそのままの形で観察すべく、骨の端を切り落とすという作業を経ずに、血管の全体像を可視化することを試みた。そのために、従来行われてきた脱灰や組織の薄切、免疫染色の実験操作を改変した上で、マウスの大腿骨の切片をきれいに切って、血管の全体像を把握することに成功した。
骨端部に走行パターンが異なる骨髄血管を発見、骨へのカルシウム定着や血液幹細胞増殖に関わると示唆
この技術を用いて骨髄の血管の走行を詳細に観察したところ、通常は切って捨てられてきた骨端部において、他の部位の血管とは明らかに走行のパターンが異なるユニークな骨髄血管が存在することを見出し、これをTypeS血管と名付けた。次にシングルセルトランスクリプトーム解析により、その遺伝子発現パターンを網羅的に解析したところ、他の部位の血管とは明らかに異なるパターンを示し、特に、通常の血管では見られないI型コラーゲンの遺伝子の発現が顕著なことを見出した。次に、血管細胞特異的にI型コラーゲンを欠失させるノックアウトマウスを作成したところ、骨端部のみ、骨へのカルシウム定着が低下しており、骨端部だけ、力学的に骨が柔らかくなることを見出した。一方、骨端部の血液幹細胞を可視化したところ、TypeS血管に接するように存在していること、さらにVEGF(血管内皮細胞成長因子)の受容体の遺伝子改変マウスによりTypeS血管を欠失させたところ、その血液幹細胞が増殖できず、減少することを見出した。
骨粗しょう症、大腿骨頸部骨折治療などへの応用に期待
今回の研究では、骨の血管の高精度な可視化により、これまで捨てられてきた骨の端に、ユニークな血管が存在することを見出し、この血管が骨の発生、造血に重要な役割を果たすことを解明した。「将来的には、本研究で見出された分子メカニズムに関する解析をさらに進めることによって、寝たきり老人の原因として社会問題となっている、骨粗しょう症、大腿骨頸部骨折治療への応用が期待される」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース