神経膠腫や心筋異常を誘発するレトロウイルス共感染、その発生機序は不明だった
岩手大学は10月3日、レトロウイルス科に属す鳥白血病ウイルス感染鶏に併発する脳の神経膠腫と心臓の心筋異常・横紋筋腫は異なる機序で発生すること、レトロウイルス性心筋異常は鳥白血病ウイルスのエンベロープ遺伝子に規定されることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大農学部の落合謙爾教授、西浦颯博士らの研究グループによるもの。研究成果は、「Avian Pathology」に掲載されている。
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レトロウイルス科のウイルスは細胞に感染すると、そのゲノムに組み込まれプロウイルスとなって生涯取り除かれることはない。鶏にレトロウイルス科の鳥白血病ウイルス(ALV)が感染すると、リンパ性白血病のほか、さまざまな腫瘍を引き起こす。しかしながら、このウイルスと神経系に発生する腫瘍との因果関係はわかっていなかった。こうした中、鶏の原因不明の神経疾患「いわゆる鶏の神経膠腫」が突如日本鶏に発生した。この国内初発例の解析がきっかけとなり、研究グループはこの疾患の原因がALVの一株、神経膠腫誘発ウイルス(FGV)であることを明らかにした。
その後、FGVやその変異株は国内の日本鶏に蔓延していること、採卵鶏にもほかのALV株により同様の脳腫瘍が発生すること、FGV変異株Km_5666株は心筋異常や心臓腫瘍を誘発することが明らかになった。さらにこれら腫瘍は短期間のうちに誘発されることから、リンパ性白血病とは発生機序が異なると推察される。一方、引き続き実施された疫学調査から、Km_5666による心筋異常の発生はわずか4、5年で終息し、この株は同鶏群から自然消滅したと考えられていた。しかし、3年ほど前から心筋異常が再び観察されるようになり、さらに罹患鶏の多くが複数のALV株に共感染していることがわかった。こうした背景を踏まえ、研究グループは共感染しているウイルスを感染性分子クローンとして分離し、それぞれの分子クローンの分子生物学的特徴と病原性を解析した。
共感染鶏由来のALV分子クローン、1株のエンベロープ遺伝子の一部で心臓病原性株と高い相同性
2017〜2020年に検索した日本鶏71羽中4羽で神経膠腫と心筋異常の併発が確認され、さらにこれらの罹患鶏には複数のALV株の共感染が疑われた。
そこで、新たに分子クローン作製法を確立し、1羽のサンプルから2株の感染性分子クローン、KmN_77_clone_A、KmN_77_clone_Bを作製することに成功した。また、過去に分離した心臓病原性株Km_5666株の分子クローンを作製した。シークエンス解析では、KmN_77_clone_Aのエンベロープ遺伝子の一部envSUは、心臓病原性株Km_5666のenvSUと高い相同性を示した(94.1%)。一方、KmN_77_clone_BのenvSUは心臓病原性を持たないFGV変異体のそれと概ね一致した(相同性99.2%以上)。
さらに、Km_5666_cloneを用いた感染実験では神経膠腫と心筋異常の両者を再現することができた。これらの成績から、心筋異常・心臓横紋筋腫の病原性決定因子はKm_5666のenvSUに存在することがわかった。
ALVエンベロープ遺伝子が関与する心筋異常、原因不明のヒト心筋疾患の一部を解明できる可能性も
今回の研究により心筋異常の病理発生にはALVのエンベロープ遺伝子が関与することが浮き彫りとなった。ヒトの原因不明の心筋疾患の発生にはヒトレトロウイルス感染の関与が推察されている。「レトロウイルス性疾患の制圧に向けて、ALVの神経病原性株と心臓病原性株、非心臓病原性株との分子生物学的比較、これら変異体の出現経緯を解き明かしていけば、レトロウイルスの病原性を遺伝子レベルでより明確にすることができると考えている」と、研究グループは述べている。
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