患者ごとの発がんリスクに応じたサーベイランス戦略は未確立
東京大学医学部附属病院は9月21日、C型肝炎ウイルス(HCV)駆除後の肝がん発症リスクを患者ごとに定量化する人工知能(AI)モデルを開発し、診療で使用可能なwebアプリとして公開したと発表した。この研究は、同病院消化器内科の南達也助教、検査部の佐藤雅哉講師(消化器内科医)、建石良介准教授、藤城光弘教授、東京大学の小池和彦名誉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Hepatology」にオンライン掲載されている。
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近年の治療技術の進歩により、肝がんの重要な原因ウイルスであるHCVは、ほぼ全患者において駆除が可能になった。しかし、HCVが駆除された後でも、肝がん発生が認められるため、HCV駆除後も定期的な肝がんのサーベイランスが必要になる。HCV駆除後の発がんのリスクは患者ごとに大きく異なる。肝がん発生のリスクは患者背景や肝臓の状態など、さまざまな因子の影響を受けるため、患者ごとの発がんリスクの見積もりが難しく、効率的なサーベイランスシステムの構築が喫緊の課題になっている。しかし、発がんリスクに応じたHCV駆除後のサーベイランス戦略は現状確立されていない。
近年、コンピューターサイエンスの一分野である機械学習技術の進歩により、複雑に組み合わさった情報に隠されたパターンを抽出して臨床におけるさまざまなイベント(病気の発症など)を予測するモデルの性能が向上しており、HCV駆除後の発がんリスクの定量化においても、機械学習(AI)を用いたアプローチが有用な可能性がある。
1,742人の患者背景や線維化マーカーなどの情報から機械学習モデル構築
研究グループは、HCV駆除後の肝がん発症に関する多施設研究「SMART-Cグループ」に登録された、1,742人の患者情報を用いて機械学習モデルを構築した。HCV駆除を達成した時点における患者背景情報(年齢・性別・BMI)、肝臓の線維化マーカー(血小板)、炎症マーカー(AST、ALT)、腫瘍マーカー(AFP)、肝機能指標(総ビリルビン、アルブミン)、酸化ストレスマーカー(γ-GTP)、糖尿病の有無、飲酒歴の有無の情報を抽出し、これらのデータを元に、経過観察期間における肝がん発症リスクを定量化する機械学習モデルを構築し、大垣市民病院に登録された977人の患者情報を用いてモデル精度の検証を行った。
7つの変数とRSFモデル使用した「SMARTモデル」構築、外部・内部検証で高い精度
研究グループは、従来さまざまな疾患リスクの推定に用いられるCox比例ハザードモデルに加えて、ランダム・サバイバル・フォレスト(RSF:Random survival forest)や深層学習を用いたDeepSurvなど4種類の機械学習モデルを用いて発がん予測モデルを構築した。
外部検証において最も高い精度を示したのは、RSFを用いたモデルであり、変数(使用する情報)の選択を行い、最も精度の高かった7つの変数を用いたRSFモデルを最終モデル(SMART[prediction of hepatocellular carcinoma development after Sustained viral responseusing Machine learning Algorithm for Refining the Target of surveillance]モデル)として採用した。SMARTモデルを用いた外部検証(大垣市民病院)、内部検証(SMART-Cグループ)におけるc-indexはそれぞれ0.839、0.936と高い精度を示した。慢性肝疾患からの発がん予測に広く用いられるスコアリングシステムであるaMAPスコアの外部検証、内部検証におけるc-indexはそれぞれ0.830、0.762だった。
開発モデルを診療用webアプリとして公開、患者ごとの発がん確率算出が可能に
計算式で表されるリスク評価法であるスコアリングシステムの場合には、論文の中に計算式を掲載することで、実臨床においても診療医が計算機を用いてスコアを計算して活用することができるが、機械学習モデルの場合には患者データをモデルに通すことで必要な情報が出力されるため、モデル自体にアクセスすることが必要である。そのために診療での活用が難しいという問題点があった。そこで今回の研究においては、開発した機械学習モデル(SMARTモデル)をwebアプリとして公開した。アプリを活用することで、診療においても、機械学習モデルを活用して患者ごとの発がん確率を算出することが可能となる。
HCV治療後の個別化診療だけでなく、他分野への応用も期待できる
HCV駆除後の肝がんサーベイランスは、患者のリスクに応じて個別化することが望ましいが、個別のサーベイランス戦略を立てるためには、個々の患者の発がん率を算出することが必須になる。
今回の研究で開発された機械学習モデルを、公開されたwebアプリを通じて臨床現場で活用することで、HCV駆除後の患者の発がんリスクの定量化が可能になり、患者ごとの発がんリスクに応じた、新たな個別化診療への貢献が期待される。
「本研究にて用いた手法は、HCV治療後の発がんリスクの推定だけでなく、さまざまな医療分野への応用が可能で、今後は他分野への応用も期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース