世界各国で報告される「コロナ禍の妊娠控え」
筑波大学は9月20日、新型コロナウイルスの感染拡大前に妊娠の意思があった既婚女性に対するアンケート調査の結果、約20%が感染拡大により妊娠を延期させており、そのような選択をした女性とウェルビーイングの低下に関連があることがわかったと発表した。この研究は、同大人文社会系の松島みどり准教授らの研究グループによるもの。研究成果は「BMC Public Health」に掲載されている。
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新型コロナウイルス感染症のパンデミック期間(コロナ禍)には、多くの国で妊娠控えが発生しており、日本においては、コロナ禍に妊娠数が5〜8%減少したことが明らかになっている。また、2021年には、イタリア、ドイツ、フランス、スペイン、イギリスでもそれぞれ37.9%、55.1%、50.7%、49.6%、57.8%が妊娠を延期したとの報告があり、中国でも、感染拡大前に妊娠を希望していたカップルの33.8%が妊娠計画を中止したとされている。このような妊娠延期の決定が、パンデミックに影響を受けたものであり、女性のウェルビーイングを悪化させるとするならば、これは公衆衛生上の重要な問題と考えられる。
ウェルビーイングに関する既報告の研究ではサンプル数不足や手法に課題
妊娠に関連するウェルビーイングについてのこれまでの研究では、その多くが不妊や高齢出産に着目されてきた。不妊はとりわけ女性のウェルビーイングを低下させ、一方、妊娠の成功はウェルビーイングの向上につながるといわれている。不妊治療を受けた人々を対象とした研究においては、若い頃に出産を遅らせた決断に対する後悔が、ウェルビーイングの低下と関連することがわかっている。しかし、これらの研究は不妊治療施設における少数サンプルによるものであり、一般人口を対象とした研究はこれまで行われていない。また、先行研究で使用されたウェルビーイングの指標は生活満足度と後悔に限定されていた。
コロナ禍が要因となって妊娠を延期することを決めた女性においても、ウェルビーイングの低下が懸念される。そこで研究グループは、大規模な全国オンライン調査のデータを用い、孤独感、重度の心理的苦痛、自殺念慮などをウェルビーイングの指標として、妊娠延期の決定がこれらの指標とどのように関連したのかを分析した。
JACSIS study参加の、妊娠意向があった既婚女性768人を対象に分析
研究グループは、日本におけるCOVID-19問題による社会・健康格差評価研究(JACSIS study)において収集された、全国を対象としたオンライン調査のデータのうち、2020年と2021年に実施された2回分の調査データを使用した。最初の調査は2020年8月25日~9月30日まで実施され、対象のサンプルサイズは2万8,000人だった。2019年の人口分布に基づいた性別、年齢、都道府県で層別化された無作為抽出法を用いて、パネリスト22万4,389人(15~79歳の男女)からサンプリングを行い、これにより全国の人口に対して推計を行った。2回目の調査は2021年2月8日~26日まで実施された。これは最初の調査のフォローアップであり、2万8,000人の参加者のうち2万4,059人が回答した。最初の調査と同様の手法を用いて新たに1,941人のサンプルを追加し、合計2万6,000人のデータを得た。これらのうち、矛盾のある回答および分析に使用できない回答を除外し、最終的に2020年調査では420人、2021年調査では348人、感染拡大前に妊娠を希望していた18歳から50歳の既婚女性768人を分析対象とした。
UCLA孤独感尺度、ケスラー心理的苦痛尺度などでウェルビーイング測定
調査では、コロナ禍やそれによるさまざまな社会環境の変化が要因で妊娠を延期したかを測定するために、「過去2か月間、新型コロナウイルス感染症の影響で、妊娠の計画にもかかわらず妊娠をしないようにしたか」を尋ねており、この回答が「はい」であった場合を「妊娠控えをした」と定義した。ウェルビーイングを測定する指標には、UCLA孤独感尺度、孤独感の五段階自己評価、ケスラー心理的苦痛尺度、コロナ禍で生じた自殺念慮の有無を用いた。また、共変量として、社会的孤立、新型コロナウイルス感染症関連の指標、社会経済指標、および回答者の基本属性も含めている。
分析は、2020年と2021年のデータに対して、ポアソン分布を仮定した一般化推定方程式(Generalized estimating equation:GEE)を適用し、それぞれ中程度から重度の孤独感発生率比、重度の心理的苦痛発生比、自殺念慮発生比(Prevalence Ratio:PR)を推定した。また、ポアソン回帰モデルを使用して2020年と2021年のデータを個別に分析し、関連する要因の違いを観察した。
「感染拡大で妊娠延期」約20%、重度の心理的苦痛や孤独感、自殺念慮と強く関連
その結果、妊娠意向を持っていた既婚女性の約20%が、コロナ禍に妊娠を延期しており、妊娠を延期した女性は、ウェルビーイングが低いことが示された。コロナ禍に妊娠を延期した人のうち、50%以上が中程度から重度の孤独感を、約32%が重度の心理的苦痛を感じ、約29%が自殺念慮を抱いていた。さらに、コロナ禍以後に孤独感が発生した人、自殺念慮を抱いた人の割合はそれぞれ約28%、約20%であった。一方、妊娠を延期しなかった人では、約33%が中程度から重度の孤独感を感じ、約12%が重度の心理的苦痛を経験し、約17%が自殺念慮を持っていたことがわかった。妊娠を延期した人と比較すると、コロナ禍以降に孤独感が発生した人は半分未満、自殺念慮を抱いた人の割合は約20%であった。
GEEの分析により、妊娠の延期は、延期していない場合に比べて、中程度から重度の孤独感はPR1.10、自殺念慮はPR1.04、重度の心理的苦痛の発生割合比は最も高く、PR2.06とわかった。さらに、コロナ禍以降に発生した孤独感(PR1.55)、自殺念慮(PR2.55)も妊娠延期の決定と強く関連していた。調査年別の分析からは、これらの関連が2020年よりも2021年の方が強かったことがわかった。
コロナ禍のような危機に備え、精神ケアを提供する仕組み整備を
研究により、コロナ禍で妊娠を遅らせた人々のウェルビーイングが低下していることが確認された。これは、社会において見過ごされるべき事実ではない。「将来的に起こりうるコロナ禍のような危機に備えて、危機時における孤独感、重度の心理的苦痛、自殺念慮の上昇を防ぐための迅速な精神ケアを提供する仕組みを整えることが重要と考えられる」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL