運動誘発性ホルモンがアルツハイマー病の抑制に有望か
運動中に分泌されるホルモンを用いた治療法が、アルツハイマー病(AD)に対する次の最先端治療となるかもしれない。運動により骨格筋から分泌されるイリシン(irisin)が、ADの特徴であるアミロイドβの蓄積を減少させる可能性が、米マサチューセッツ総合病院(MGH)Genetics and Aging Research UnitのSe Hoon Choi氏らの研究で示唆された。この研究の詳細は、「Neuron」に9月8日掲載された。
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運動がアミロイドβの蓄積を減少させることは、ADモデルマウスを用いた研究によりすでに示されていたが、そのメカニズムは不明だった。運動をすると、骨格筋からのイリシン分泌が促されて、その血中濃度が上昇する。イリシンには脂肪組織中の糖と脂質の代謝を調節し、また、白質脂肪組織の褐色脂肪化を促すことでエネルギー消費量を増大させる働きがあると考えられている。過去の研究で、イリシンはヒトやマウスの脳に存在するが、AD患者やADモデルマウスではそのレベルが低下していることが報告されている。
Choi氏らは以前の研究で、ADの3次元細胞培養モデルを開発し、ADの主要な特徴であるアミロイドβの蓄積とタウタンパク質のもつれを再現させることに成功していた。今回の研究では、この3次元細胞培養モデルを用いて、イリシンが脳内のアミロイドβの蓄積に及ぼす影響について検討した。
その結果、イリシンを投与することで、脳のグリア細胞であるアストロサイトから分泌されるアミロイドβ分解酵素のネプリライシンのレベルと活性化が上昇し、これによりアミロイドβレベルが著しく低下することが明らかになった。過去の研究では、運動やアミロイドβの減少につながるその他の条件にさらされたADモデルマウスの脳では、ネプリライシンのレベルが上昇することが確認されている。
イリシンがアミロイドβレベルを低下させる、より詳細なメカニズムも明らかになった。例えば、インテグリンαVβ5という受容体を介したイリシンのアストロサイトへの結合が引き金となって、アストロサイトからのネプリライシンの分泌量が増えることが確認された。さらに、イリシンがこの受容体と結合することで、重要な2つのタンパク質〔ERK(細胞外シグナル制御キナーゼ)、STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)〕に関わるシグナル伝達経路が阻害されることも示され、これがネプリライシンの活性化を増強させる上で重要なことが示唆された。
マウスを用いた過去の研究では、血流に注入されたイリシンが脳内に到達することが示されている。このことは、イリシンが治療薬として有用となる可能性のあることを意味する。論文の責任著者であり、Genetics and Aging Research UnitのディレクターであるRudolph Tanzi氏は、「われわれが得た結果は、運動により誘発されたイリシンの分泌が主要なメディエーターとなってネプリライシンレベルが上昇し、アミロイドβの蓄積が減少することを示すものだ。この結果は、ADの予防法や治療法の開発において、イリシンとネプリライシンに関わる経路が新たなターゲットとなり得ることを示唆している」と述べている。
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