発育性股関節形成不全は変形性股関節症の約8割に関与
九州大学は9月19日、発育性股関節形成不全の患者から聴取した詳細な家族歴や発症年齢、治療歴などの情報を解析し、発育性股関節形成不全の遺伝的リスクが強いほど変形性股関節症の発症や進行が早まることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院整形外科教室の吉野宗一郎大学院生(医学系学府博士課程4年、理化学研究所リサーチアソシエイト)、中島康晴教授、山口亮介助教、田中秀直大学院生(医学系学府博士課程4年)、理化学研究所生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、同センター骨関節疾患研究チーム(研究当時)の池川志郎チームリーダー(研究当時)らの共同研究グループによるもの。研究結果は「The Journal of Arthroplasty」に掲載されている。
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発育性股関節形成不全は、日本では股関節痛の多くの原因である変形性股関節症の約8割に関与しており、この割合は多くの欧米の国に比較して高いと考えられている。変形性股関節症が進行すると、現在の治療法では変形した関節を正常に戻すことはできないため、重症度の高い患者は股関節を人工物に置き換える人工関節手術を受けることを余儀なくされる。このような現状から、発育性股関節形成不全を予防するためにその病態の解明に向けた研究が行われてきた。
発育性股関節形成不全は家族内発生を認めるが、遺伝的な影響は不明
発育性股関節形成不全は家族内発生を認めることから、先天的な遺伝的要因の存在が示唆されてきた。その一方で、発育性という言葉に表されるように、その進行がオムツの付け方や抱きかかえ方といった生後の育児環境による後天的な環境因子の影響も受けることが知られており、病態の解明は難航している。特に遺伝的な影響に対する研究は症例の集積や確かな情報の確保などが容易ではないため世界的にも報告が少なく、遺伝的な影響に関してはさらなる解明が必要な状況である。
発育性股関節形成不全の患者293人から家族歴、発症年齢、治療歴などの情報を収集
一般に、ある病気の遺伝的な要素を強くもつ家系に属する人は、遺伝的な要素が弱い家系に属する人に比較して病気を発症するリスクが高いと考えられる。したがって、ある病気について遺伝的な要素が強い家系には遺伝的な要素が弱い家系よりも多くの患者が存在することになる。
今回研究グループはその原理に基づき、293人の発育性股関節形成不全の患者から詳細な家族歴情報を聴取し、発育性股関節形成不全を有する近親者の有無やその近親者が何親等であるかを患者ごとに集計した。より近い近縁関係により多くの発育性股関節形成不全患者が存在する患者ほど遺伝的影響が強いと定義した。この遺伝的影響の強さと、股関節痛発症時の年齢との関連や人工関節手術を受けているか否かに反映される重症度などとの関連、股関節痛発症から人工関節手術を受けるまでの期間との関連などについて解析し、発育性股関節形成不全の遺伝的な要素が変形性股関節症の発症、進行に与えるリスクについて評価した。
発育性股関節形成不全を有する近親者の数が多い患者ほど、股関節痛の発症年齢が若い
その結果、発育性股関節形成不全を有する近親者の数が多い患者ほど股関節痛の発症年齢が若いことがわかった。また、発育性股関節形成不全を有する近親者を持つ患者のほうが、近親者を持たない患者よりも人工関節手術を受けるリスクが高く、股関節痛発症から人工関節手術を受けるまでの経過観察期間が短いことも確認された。
これらの結果は、発育性股関節形成不全の遺伝的な要素が強い家系の患者のほうが、弱い家系の患者よりも変形性股関節症を発症するリスクが高く発症後の進行も早いことを示しており、発育性股関節形成不全および変形性股関節症の病態に遺伝的な要素が関与していることを示している。
GWASによる関連遺伝子領域の特定を実施中
今回の研究では遺伝的な要素の関与こそ確認できたものの、具体的にどのような遺伝子が疾患の発症や進行に関わっているかは判明していない。現在、発育性股関節形成不全の患者血液から抽出したDNAを解析し、発育性股関節形成不全や変形性股関節症を患っていない人々と比較して変異を有する可能性が高い遺伝子領域の特定に関する研究(ゲノムワイド関連解析:GWAS)を進めている。
「GWASにより発育性股関節形成不全の原因となっている遺伝子領域が特定されれば、今後はその領域がどのような機序で疾患の発症や進行に関わっているかを解明し、将来的には治療法や予防法の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果