線維芽細胞標的の薬があるが、肺胞上皮細胞標的の薬はない
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は9月13日、疾患特異的iPS細胞を用いて、遺伝性間質性肺炎の治療薬の候補物質を見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科形態形成機構学の萩原正敏教授、細川元靖助教(現:愛媛大学大学院医学系研究科)、呼吸器疾患創薬講座の三河隆太特定助教、呼吸器内科学の平井豊博教授、iPS細胞研究所臨床応用研究部門の後藤慎平教授ら、東京医科大学の阿部信二教授、東京医科歯科大学の瀬戸口靖弘特任教授の研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」にオンライン掲載掲載されている。
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間質性肺炎は、運動時の息切れや空咳といった症状から始まる進行性の病気。間質性肺炎の発症には、呼吸機能を担う肺胞上皮細胞が繰り返し傷害を受けることにより、傷の修復を担う線維芽細胞が異常に活性化し、肺胞の壁が固くなって肺が収縮することが知られている。間質性肺炎には、線維芽細胞を標的とし病気の進行を抑える薬があるが、肺胞上皮細胞を標的とした薬はまだない。
SFTPCバリアント導入細胞や患者iPS細胞由来肺胞細胞を用い、化合物スクリーニング
そこで研究グループは、原因遺伝子が同定されている間質性肺炎において創薬を進め、その知見を基に新規病態解明および臨床応用可能な薬の取得を目指した。肺のサーファクタントタンパク質をコードするSFTPC遺伝子の変異(バリアント)が、間質性肺炎を引き起こすことが知られている。病的なバリアントを持つSFTPCタンパク質が異常に折りたたまれることで、ERストレスやタンパク質凝集体が生じて肺胞上皮細胞を障害すると報告されている。そこで、この表現型を指標として、機能既知の化合物ライブラリーを用いて治療薬スクリーニングを実施。患者由来iPS細胞から作製した肺胞上皮細胞や肺胞オルガノイドを使用した、薬効評価系を確立した。
まず、病的バリアントとして知られるSFTPCタンパク質に起因するERストレスや異常タンパク質の蓄積を指標としたハイスループットスクリーニングを実施。次に、少数に絞った化合物を患者の協力を得て樹立したiPS細胞から分化誘導した肺胞上皮細胞で評価。さらに、肺の線維芽細胞と一緒に培養して作成した肺胞オルガノイドを用いて、先行研究で報告した線維化モデルの手法により薬効を評価した。
1次スクリーニングで65化合物に絞り、2次でバリアント変更等行いさらに絞り込み
1次スクリーニングでは、ERストレスを定量的に評価できるレポーター遺伝子をプラスミドとして人工的に合成し、大きなERストレスを引き起こすことが知られていたSFTPCバリアントLeu188Gln(L188Q)を強制的に発現するプラスミドと共に、HEK293細胞に遺伝子導入を実施。SFTPCバリアントに起因するERストレスを減らすことのできる化合物を探索した。化合物そのものの毒性も同時に評価し、2,480化合物から65化合物まで候補を絞り込んだ。
2次スクリーニングでは、1次スクリーニングで使用したバリアントから、Tyr104His(Y104H)バリアントに変更し、2つの視点で化合物を絞り込んだ。1つ目はL188Qとは異なるSFTPCバリアントでもERストレスを減少させることができるか、2つ目はY104Hバリアントを持ったSFTPCが形成するタンパク質凝集体を改善できるかという点だ。タンパク質凝集体の評価は多数の化合物を高速にスクリーニングできるように、GFPとSFTPCの融合遺伝子を用いて、タンパク質凝集体を可視化し、高速かつ正確に画像情報から定量を行うことのできる装置(Opera Phenix)で評価を行い、さらに化合物を絞り込んだ。
絞り込んだ化合物を患者由来iPS細胞でさらに評価、薬効を示すCPTを同定
次に、絞り込んだ化合物がより生理的な条件で効果を示すかを確認するために、Tyr104His(Y104H)バリアントをもつ患者から樹立したiPS細胞を肺胞上皮細胞に分化誘導した。タンパク質凝集体を評価して、Cryptotanshinone(CPT)を同定した。
さらに、CPTが線維化の表現型を改善できるか確認するために患者由来のiPS細胞から肺胞オルガノイドを用いて、線維化のモデル系であるゲル収縮アッセイを実施。このアッセイは肺胞上皮細胞と線維芽細胞を共培養することで、肺胞上皮が障害を受けると線維芽細胞が活性化して、それにより培養に用いたゲル全体が収縮することを指標にしている。これまでの研究により、SFTPCの1アミノ酸が置換されるバリアントの一部は成人発症の間質性肺炎をもたらすことが明らかとなっている。遺伝的素因に加えて、ウイルス感染や薬剤によるセカンドヒットが発症に関与すると考えられている。
患者由来iPS細胞で肺線維症を培養皿内に再現、CPTは上皮障害軽減でゲル収縮を改善
今回の研究では、ブレオマイシン(BLM)をセカンドヒットとして用いてII型肺胞上皮細胞を障害し、患者由来のiPS細胞を使って肺線維症を培養皿内に再現した。そして、CPTは上皮障害を軽減することで、ゲル収縮を改善することを示した。しかし、同じ遺伝子バリアントを持ったモデル動物や患者の間質性肺炎に対するCPTの薬効を明らかにできていない。そのため、今後も引き続き、さまざまな視点からの薬効評価やさらなる治療薬候補化合物の同定を進めていく必要がある。患者由来のiPS細胞を用いた、薬効評価の試みは疾患モデルの限られた間質性肺炎の治療薬開発に有用であり、優れたヒト由来細胞による疾患モデルとして今後の創薬に役立つことが期待される。
今後CPTの薬効を動物モデル等でも検証、発症メカニズムの解析へ
今回の研究では、培養細胞を用いた化合物スクリーニングから疾患特異的iPS細胞を用いた薬効評価までの一連の化合物評価システムにより、遺伝性間質性肺炎における肺胞上皮細胞の障害を指標とする化合物探索が可能になり、今回の研究成果につながった。今後は、今回同定されたCPTの薬効を動物モデル等の別の角度からも検証し、間質性肺炎の発症メカニズムをより詳しく解析し、新しい治療手段の開発に役立てていく、と研究グループは述べている。
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・京都大学iPS細胞研究所(CiRA) プレスリリース