乳幼児期に安定化する腸内細菌叢、感情制御を含む実行機能の発達と関連の可能性
京都大学は9月6日、幼児期の感情制御が腸内細菌叢と関係することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院教育学研究科の明和政子教授、藤原秀朗氏(同博士後期課程)、大阪大学の萩原圭祐特任教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Microorganisms」にオンライン掲載されている。
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実行機能とは、自己の感情や欲求をコントロールする「感情制御」と、言語化、推論、計画、実行などを司る「認知制御」から成る総称。実行機能の顕著な発達は幼児期後期(4歳頃)にみられるが、これはこの時期の前頭前野の急激な成熟と密接に関連している。欧米圏で行われた大規模な長期縦断研究では、この時期にみられる感情制御の発達は、将来(成人期)の社会経済力や心身の健康と密接に関連することが示されている。つまり、幼児期の感情制御は、個人の生涯にわたる身体、脳、心の健康を予測する重要な因子と言える。これまでの研究では、感情制御の個人差に影響を与える要因として、家庭の経済状況や学歴などの社会学的側面に注目が集まっていた。他方、個人差を生み出す機序については未解明のままだ。
この点について、心身の健康や脳機能を支える神経生理メカニズムのひとつとして、腸内細菌叢が注目されている。脳―腸―腸内細菌叢は、免疫系や内分泌系、自律神経系を介して密に関連している。これを、「脳―腸―腸内細菌叢相関」と言う。成人を対象とした研究では、腸内細菌叢の特性が、精神疾患(うつ病、不安障害など)や認知機能に関連することが示されつつあるが、ここで重要となるのは個人が生涯もつことになる腸内細菌叢の基盤が、生後3~5歳頃までに決まることだ。これは、感情制御が顕著に発達する時期と一致する。
この時期に成人レベルに安定化する腸内細菌叢は、感情制御を含む実行機能の発達と関連する可能性がある。腸内細菌叢の組成は、食生活習慣に大きく依存する。特に、腸内細菌叢が安定化するまでの乳幼児期には、その影響はきわめて大きいと考えられる。この時期の腸内細菌叢と実行機能、食生活習慣との発達的関連が明らかになれば、腸内細菌叢や食生活を基軸とした認知発達支援法を新たに開発することも期待できる。
全国の3~4歳の日本人幼児257人を対象に、糞便採取や質問紙による検証を実施
研究グループは今回、全国の保育園・幼稚園・子ども園に通う3~4歳の日本人幼児257人を対象に、便の採取を行い、16S rRNA解析により腸内細菌叢の評価を行った。実行機能や食生活習慣は質問紙により評価。質問紙への回答は対象者の母親に依頼した。そして、実行機能の発達にリスクを抱える児(困難群)と、リスクを抱えていない児(対象群)の比較により、腸内細菌叢や食生活習慣の面でどのような違いがみられるかを検証した。
実行機能(感情制御・認知制御)の発達に関する質問紙調査(Behavior Rating Inventory of Executive Function Preschool: BRIEF-P)では、日常の問題行動(63項目)についての質問項目に対し、該当する行動が最近6か月の間にどの程度子どもにみられたかについて、「1. みられない」「2. 時々みられる」「3. よくみられる」の3段階で評定してもらった。リスク群と対象群は先行研究の基準(平均+1.5SD)に合わせて設定した。
糞便採取による腸内細菌叢の評価は、専用のキットを用いて各家庭で子どもの糞便の採取を行った。次世代シーケンサーを用いて16S rRNA解析を行い、「腸内細菌の多様性(種の豊富さや均等度)」と「各菌が全体の菌の中で占める割合(占有率)」を算出した。
食習慣に関するアンケートでは、便の採取日から直近1週間で子どもが食べた食品(24項目)の摂取頻度と偏食の有無(食事の好みの偏り)を調査した。
感情制御が困難な群は対照群に比べ、「炎症」に関連する菌叢が多い
「感情制御」および「認知制御」の発達にリスクを抱える児(困難群)とリスクを抱えない児(対象群)において腸内細菌叢と食習慣について比較を行った結果、以下のことが明らかになった。
「感情制御」に困難を抱える群は、Actinomyces属とSutterella属が対象群よりも多いことが明らかになった。これらは、身体の炎症性疾患(炎症性腸疾患など)や、血中の炎症指標(サイトカインなど)の高さとの関連が指摘される菌だ。成人を対象とした研究では、腸内の炎症が脳の炎症と関連すること、炎症に関連する菌の豊富さが精神疾患(うつや不安障害など)と関連することなどがわかっている。同結果は、幼児期の感情制御の困難さには、腸内細菌叢、特に炎症との関連が指摘される菌叢が関連する可能性を示している。
感情制御が困難な群、緑黄色野菜の摂取頻度「低」、偏食の割合「高」
さらに「感情制御」に困難を抱える群では、1週間あたりの緑黄色野菜の摂取頻度が対象群と比べて低いこと、また、偏食の割合も高いことがわかった。食習慣は、個人がもつ腸内細菌叢と密接に関連することが知られているが、幼児期の食習慣はこの時期の感情制御の発達リスクと関連することが示された。
「認知制御」に関する発達リスクについては「感情制御」の発達リスクとは異なり、腸内細菌叢や食習慣との関連は見られなかったという。つまり、腸内細菌叢や食生活習慣は、実行機能の中でも感情制御の機能と関連することが明らかとなった。
個々の生体データを活かした個別型認知発達支援法の開発に期待
欧米圏を中心に行われた長期縦断調査は、幼児期の感情制御の発達が将来(成人期)の心身の健康リスクを予測することを示している。しかし、感情制御の発達の個人差を生み出す要因やその機序についてはほとんどわかっていない。幼児期の感情制御の困難さが、腸内細菌叢のある特性(炎症に関連することが指摘される菌を多く持つ)と関連すること、その背景にある食習慣が関連する可能性を示したのは同研究が初となる。
「今後は、得られた知見(仮説)の因果関係を動物実験によって検証していくこと、そして、ヒトの感情制御の発達とその個人差を、腸内細菌叢、食習慣との関連において、より長期縦断的に検証していく必要がある。将来的には、個々の生体データを有効に活かした個別型の認知発達支援法の開発も期待できる」と、研究グループは述べている。
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