猛暑は一部の高齢者の認知機能を低下させ得る
2023年は観測史上最も暑い年となることが予測されているが、熱波の影響で高齢者の記憶力や思考力の低下が速まる可能性のあることが、米ニューヨーク大学(NYU)国際公衆衛生学部のEun Young Choi氏らの研究で示唆された。米国の高齢者を対象としたこの研究では、極端な暑さ(以下、猛暑)に長時間さらされた日数が多い人では認知機能の低下速度がより速くなることが示された。ただし、この関連は、黒人や貧困地域の住民などの特定の集団でのみ認められた。この研究結果は、「Journal of Epidemiology and Community Health」に8月4日発表された。
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この研究では、2006年から2018年の12年の間に実施された7回分の隔年調査に参加した、50歳以上の米国成人9,448人のデータを解析した。調査参加者は、2006年とその後の追跡調査において1回以上、認知機能の評価を受けていた。参加者の猛暑への長期的な曝露レベルを推定するため、政府のデータベースから気温のデータも収集した。
その結果、参加者の17.3%が、猛暑への曝露レベルが高い(猛暑にさらされた年間平均日数が13.1日以上)と判定された。ベースラインの高齢者の認知機能検査のスコアと猛暑への曝露との間に関連は認められなかった。しかし、同スコアの経時的な変化を見ると、結果は違っており、黒人の高齢者と、(人種を問わず)低所得地域に住む人々では、猛暑への曝露レベルの高さと同スコアの低下速度の速さが関連していた。
例えば、黒人の高齢者のうち、猛暑への曝露レベルが高い人では65歳から85歳までに認知機能スコアが42%低下すると推定されたのに対し、猛暑への曝露レベルが低い人では、同期間に同スコアが32%低下すると推定された。同様に、低所得地域の住民のうち猛暑への曝露レベルが高い人では同期間に同スコアは37%、曝露レベルが低い人では29%低下すると推定された。
専門家らは、この研究では猛暑と認知機能低下との間に関連を認めたに過ぎず、猛暑を認知機能の低下をもたらした原因として見なすことはできないと強調している。Choi氏は、認知機能の低下は複雑で、さまざまな要因に影響されることを指摘。「この複雑に絡み合った要因の中から猛暑による影響を見極めるのは困難だ」と説明している。その一方で、同氏は繰り返し熱波にさらされることが高齢者の知的鋭敏さに影響を与え得るということも考えられると話す。例えば、猛暑によって短期的に知的能力が衰えたり、猛暑にさらされ続けることで炎症や脳細胞の損傷を引き起こされたりするなど、直接的な影響が及ぶ可能性はあると説明している。
またChoi氏は、猛暑による間接的な影響についても言及する。例えば、心臓と脳の健康状態が関連することはよく知られており、高血圧や糖尿病、特定の心血管疾患や代謝疾患は、認知機能障害のリスク上昇に関係することが示されている。その要因として、これらの疾患が脳への血流を妨げる可能性が指摘されているが、猛暑はこれらの疾患の悪化をもたらし得る。それに加えて、うだるような暑さにより睡眠が妨げられたり、運動や社会的な活動のための外出が難しくなったりする場合もある。同氏は、これらはいずれも高齢者の認知機能を低下させる要因となり得ると説明する。
では、なぜ低所得地域の住民や黒人の方が影響を受けやすいのだろうか。この点についてChoi氏は、「認知的予備力」が関係している可能性を示唆する。これは、加齢や疾患により脳組織が変化し始めたりしても、脳がそれに適応して機能を維持する能力のことである。慢性的にストレスを抱え、教育や就労の機会が限られている不利な立場に置かれている人は、もともと備わっている認知的予備力が低く、それが失われていく速度も速いのだという。そこに猛暑という別のストレス要因が加わると、より影響を受けやすいのかもしれないというのが同氏の考えだ。
今回の研究には関与していない専門家の一人で、非営利団体ユニオン・オブ・コンサーンド・サイエンティストのKristina Dahl氏も、Choi氏が指摘するこれらのシナリオは十分あり得るとの見解を示している。Dahl氏は、猛暑が認知機能に与える短期的な影響については科学者の間である程度知られており、多くの人が夏の熱波にさらされ脳の感覚が鈍くなるという経験をすることも指摘。その上で、「今回の研究によって、度重なる猛暑への曝露が長期的な認知機能の低下にも関連することが初めて示された」としている。
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