SIRT1は、腸管内分泌細胞でどのような機能を持つのか?
東京大学医学部附属病院は8月23日、腸管におけるNAD+依存性脱アセチル化酵素「SIRT1」が腸管内分泌細胞数を規定する重要な制御因子であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院糖尿病・代謝内科の三浦雅臣特任臨床医、五十嵐正樹講師、山内敏正教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
腸管上皮は、栄養の吸収、腸内細菌叢の調節、腸管ホルモン分泌などのプロセスを通じて代謝を調節する主要な組織だ。その中でも腸管内分泌細胞は、腸管上皮幹細胞に由来する増殖能の高い前駆細胞に由来しており、さまざまな転写因子による制御を受けて分化することが知られている。インクレチンである「GLP-1」は、インスリン分泌、食欲、消化管運動を調節し、代謝に有益な効果をもたらす。そのため、腸管内分泌細胞の数、ひいてはGLP-1分泌細胞数を増加させることは、2型糖尿病や肥満症に対する潜在的な治療戦略となり得る。
一方で、NAD+依存性脱アセチル化酵素であるSIRT1は、代謝、発生、腫瘍形成の制御、加齢や長寿など、生命のあらゆるプロセスに関与している。特に、腸管上皮でのSIRT1は、カロリー制限を行った際に腸管上皮幹細胞の自己再生と拡大を促進するプロセスに関与することがわかっているが、腸管内分泌細胞におけるSIRT1の役割はまだ明らかにされていなかった。そこで研究グループは今回、SIRT1が腸管内分泌細胞において、どのような機能を持つのかを解明すべく研究を行った。
SIRT1発現制御により、腸管の内分泌細胞数を増加させることが可能
腸管のSIRT1を欠失させたマウス(VilKOマウス)、内分泌前駆細胞のSIRT1を欠失させたマウス(NgnKOマウス)を用いて、それらのマウスに高脂肪食を与え、その表現型を解析した。VilKOマウス、NgnKOマウスにおいて、腸管の免疫組織化学染色を行ったところ、GLP-1分泌細胞数が増加しており、続いてGLP-1分泌の増大が確認された。また、VilKOマウスでは、体重増加の抑制、糖代謝の改善が認められた。
そして、NgnKOマウスでのフローサイトメーターを使用した解析や腸管の免疫組織化学染色の結果から、GLP-1分泌細胞数の増加には、内分泌前駆細胞の分化に重要な役割を果たす転写因子の「Neurogenin3」が関与していることが示唆された。
SIRT1はβ-カテニン活性制御で腸管内分泌細胞数を制御可能
さらに、全身でSIRT1を過剰発現させたマウス(Sir2dマウス)や、絶食によって腸管上皮のSIRT1が活性化されたマウスでは、VilKOマウスやNgnKOマウスとは対照的に、GLP1分泌細胞数が減少していた。これらの変化には、内分泌前駆細胞におけるWnt/β-カテニン活性とそれに伴う細胞周期の変化が関連していることが、イムノブロットや免疫染色によって示唆された。
メカニズムをさらに解析するため、腸管オルガノイドを用いて実験を行った。VilKOあるいはNgnKOマウス由来のオルガノイドでは、腸管内分泌細胞やGLP1分泌細胞の数が増加していたが、Wnt/β-カテニン阻害剤や細胞周期を阻害する薬剤を添加すると、その増加が完全に抑制された。このことから、SIRT1の発現制御による腸管内分泌細胞の増大にwnt/β-カテニンシグナルが関与していることが示唆された。
以上より、腸管内分泌細胞におけるSIRT1は、β-カテニン活性を制御することにより、腸管内分泌細胞数を制御できることが明らかとなった。
腸管におけるSIRT1活性調節が、2型糖尿病や肥満症の治療標的となる可能性
これまでの研究では、いくつかの薬剤が腸管内分泌細胞数を増加させ、GLP-1分泌の増加をもたらすことが明らかになっており、また、一部の肥満外科手術では、手術後のGLP-1分泌細胞の増加や、それに続くGLP-1分泌の増加が確認されている。
「本研究により、SIRT1阻害でもGLP-1分泌細胞を含む腸管内分泌細胞数が増加することが示され、腸管におけるSIRT1活性の調節が、2型糖尿病や肥満症の治療に有益である可能性が示唆された」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学医学部附属病院 プレスリリース