スクリーンタイムと神経発達症の関連、相反する結果報告で結論が出ていない
名古屋大学は8月21日、「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の一環として、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)と関連する遺伝子の変化の程度(以下、ASD・ADHD の遺伝的リスク)と生後18か月、32か月、40か月の子どものスクリーンタイムの関連を検討した結果を発表した。この研究は、同大医学部附属病院親と子どもの心療科の高橋長秀准教授、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター・大阪大学大学院連合小児発達学研究科の土屋賢治特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Psychiatry Research」に掲載されている。
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ASDとADHDは、いずれも頻度の高い神経発達症(発達障害)の1つだ。ASDは「社会的コミュニケーションが苦手」「こだわりが強い」という点が特徴で、ADHDは「多動・衝動性」と「不注意」を特徴とする。ASDは18歳以下の約2.5%、ADHDは18歳以下の約5%に見られると報告されている。スクリーンタイムとは、テレビ、iPadなどで動画を見る時間、ゲームをしている時間など、デジタル機器の画面を見ている時間のこと。一般に、神経発達症の子どもではスクリーンタイムが長くなる傾向があることが知られている。
2022年、JAMA Pediatrics誌に日本の研究グループが「スクリーンタイムがASDのリスクとなる可能性がある」という論文を公表した。一方で、今回の研究グループの一員である土屋賢治特任教授が「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の詳細なデータから、同じくJAMA Pediatrics誌に「スクリーンタイムが長くても社会的コミュニケーション能力は低下せず、さらに外遊びを増やすことで改善することができる可能性がある」という論文を発表。このように、スクリーンタイムと神経発達症の関連については、相反する結果が報告されており、結論が出ていない。
スクリーンタイムは神経発達症の原因?結果?
先行研究の多くは、スクリーンタイムと神経発達症には何らかの関連があることを報告している。しかし、その因果関係については明らかではなかった。ASD、ADHDの発症には環境要因と遺伝要因が関連するものの、多くの人に見られる頻度の高い遺伝子変化の組み合わせが特に重要であることがわかっている。そこで、研究グループは今回、ASD・ADHD発症とASD・ADHDの遺伝的リスクに注目。スクリーンタイムの長さがASD・ADHDの遺伝的リスクと関連するかを究明すべく研究を進めた。
ポリジェニックリスクスコア算出でスクリーンタイムの関連を検討
今回の研究では、月齢の異なる子どものスクリーンタイムに関する聞き取り調査、グループ分けを行い、ASD・ADHDの遺伝的リスクとの関連を検討した。「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」に出生時にエントリーされた子どものうち、18か月、32か月、40か月の子どもを持つ保護者にインタビューし、かつ、遺伝子解析に同意した43人を研究の対象者とした。
DNAを解析し、約650万か所の遺伝子の変化を調べ、海外の大規模遺伝子研究の成果を参照しつつ、ASD・ADHDに関連する遺伝子の変化の数と効果の大きさを考慮して、参加者のASD・ADHDの遺伝的リスク指標「ポリジェニックリスクスコア」を算出。その上で、これらのポリジェニックリスクスコアとスクリーンタイムの関連を検討した。
幼少期のスクリーンタイム、経過によって4群に分類
まず、生後18か月~40か月の子どものスクリーンタイムは、1日1時間程度に留まるグループ(グループ1:27.9%)、2時間程度から徐々に増えていくグループ(グループ2:19.0%)、1日3時間ほど継続するグループ(グループ3:20.3%)、初めからスクリーンタイムが4時間以上のグループ(グループ4:32.8%)に分類されることがわかった。
ASD遺伝的リスク「高」、幼児期からスクリーンタイムが長い傾向
次に、各グループに子どもが属するリスクを検討すると、ASDの遺伝的リスクが高いと、グループ3、グループ4に属するリスクが高まることが判明した。また、ADHDの遺伝的リスクが高いことで初めからスクリーンタイムが長いということはなく、グループ2に属するリスクがあることがわかった。その他、兄弟・姉妹がいることで、スクリーンタイムが短くなる可能性を示すデータも得られたとしている。
ADHD遺伝的リスク「高」、徐々にスクリーンタイムが長くなる可能性
今回の研究の結果をまとめると、幼少時18か月〜40か月の子どものスクリーンタイムの長さには、ASD・ADHDの遺伝的リスクが関連していることがわかった。特に、ASDの遺伝的リスクが高い子どもでは、初めからスクリーンタイムが長い傾向があり、ADHDの遺伝的リスクが高い子どもでは徐々にスクリーンタイムが長くなる可能性が示唆された。このことから、スクリーンタイムが長いことはASDのリスクではなく、むしろ早期兆候であること、ADHDの遺伝的リスクが高い子どもでは早めにデジタル機器の使用について約束をしておく必要があることを示唆しているという。
これまでのスクリーンタイムとASD・ADHDの関連を検討した研究では、デジタル機器への親和性とASD・ADHDのあらわれとの前後関係を明らかにすることが困難だった。今回の研究は新たに、ポリジェニックリスクスコアを用いることで、遺伝的リスクがデジタル機器への親和性を決める可能性が示された。これは、ASD・ADHDの遺伝的リスクがスクリーンタイムの長さを決めることはあっても、その逆、すなわち、スクリーンタイムがASD・ADHDの遺伝的リスクに影響を与えるということは考えにくいという前提にもとづく推論だ。今後、この結果が、他の年齢層の子どもや成人においても再現されることを期待する、と研究グループは述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース