医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 心不全早期発見につながる新理論を構築、心臓の渦血流パターン「文字化」で-京大ほか

心不全早期発見につながる新理論を構築、心臓の渦血流パターン「文字化」で-京大ほか

読了時間:約 4分33秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2023年08月21日 AM11:23

心臓の病態を詳しく理解するために渦血流のパターンを正確に抽出することが必要

京都大学は8月18日、(位相幾何学)と力学理論を用いて、渦血流のパターンを正確に同定する新しい理論(流線トポロジー解析:Topological Flow Data Analysis(TFDA))を構築することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院理学研究科の坂上貴之教授と名古屋市立大学心臓血管外科の板谷慶一准教授との共同研究によるもの。研究成果は、「SIAM Journal on Imaging Sciences」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

医療の進歩とともに健康寿命が延びつつある今日、循環器疾患では一つの病態に留まらず、心臓弁膜症に不整脈が併発したり、先天性心疾患に心不全が合併したりするなど、複合的で複雑な病態をきたす患者が増加している。従来の医学では経験の蓄積や統計データに基づき、各々の疾病に対してその治療方法が決められ診療ガイドラインが策定されてきたが、前述のような複雑な病態に対しては、患者ごとに合わせたテーラーメイド医療が求められるようになってきた。しかし、心臓の病態を詳しく理解するために心腔内の渦血流を把握するのは技術的にも非常に困難だ。

近年、心エコーや心臓MRIなどの医療用画像診断機器で血流が可視化できるようになり、心臓の渦血流は心不全などでは回転が弱くなることなどが観察されてきた。しかし、単に複雑な渦血流をただ観察しているだけでは、その渦血流が効率良く血液の拍出に貢献しているかを定量的に評価できないため、流れのパターンを正確に抽出する必要があった。

心臓血流画像の渦血流にTFDA解析を適用すべく、2017年より共同研究を開始

トポロジーとは、与えられた図形に対して少しずつ変形(摂動)を加え、それでも変わらない図形の性質を調べる数学の分野の一つ。坂上教授の研究グループは、トポロジーや力学系理論などを用いて、流れによって動く微粒子の軌道全体のトポロジカルな構造に着目し、ノイズや誤差といった変動(摂動)に対しても堅牢に残る流れの普遍的構造を把握し分類する数学理論であるTFDAを構築してきた。

一方、板谷准教授は、心エコーや心臓MRIを用いて血流を可視化する方法や生理学的な拍動血流を再現するシミュレーションの手法などの「血流解析」という分野を開拓し、心臓内にさまざまな回転する流れ()と、病的な血流の乱流が強い摩擦エネルギーを発生し、そのエネルギー損失が心負荷となり心不全を惹起することなどを突き止めてきた。また、血流解析のための医学研究支援を行っている株式会社Cardio Flow Designの創設者の一人として、先天性心疾患などでの複雑な病的形状を持つ心臓でも、最適な血流が得られる設計で手術を行い、全国の心臓外科医からコンサルトを受けシミュレーションに基づく手術術式の設計を提供してきた。

坂上教授と板谷准教授は2017年より共同研究を開始し、心臓の血流画像で示される渦血流に流線トポロジー解析を適用することを検討した。特に、心臓の中で発生する渦血流は効率よく血液を全身に駆出するために必要であるとされる一方で、1回の心拍の間に複雑な様相の渦血流が観察され、それらが次々と発生しては消滅することを繰り返すため、客観的に渦血流のパターンを定義し抽出することが難しく、心疾患を評価することからはかなり遠いという現実があった。こうして両者は、心臓ではダイナミックに運動する心筋や心臓弁の運動により血流が発生しているため、これまでの流線トポロジーの理論をそのままは適用できないという問題に直面した。

流れの圧縮性と動く境界条件という問題点を、数学的理論で解決

坂上教授のグループが開発してきた従来の流線トポロジー解析の数学理論では(1)二次元の平面内の流れが運動に伴って流体が圧縮されない性質を持つこと、および(2)流れは境界に沿って動くという(すべり)境界条件を満たすことが前提となっていた。このことを心臓に置き換えて考えると、(1)エコーなどで計測した断面に血流が閉じ込められているような状態で、断面内では流れが圧縮する様相を示すこと、かつ(2)血液を満たしている心臓の構造物である心筋壁や心臓弁は動かず血流がその境界を滑っていく状態を仮定していることになる。しかし実際には心臓は拍動を繰り返し、また、内血流の境界にあたる心筋や心臓弁などの構造物は大きく変動し、流れの駆動力や発生源となっている。また、心臓内の血流は当然3次元的であり、エコーで計測する断面に沿って流れることもあれば断面を通過する血流もある。そのため従来手法の適用が難しく、これらの課題を解決するような数学理論が必要だった。

研究グループは、流れの圧縮性の問題点(1)を、従来の非圧縮流体での TFDAの理論を数学的に拡張することにより解決。動く境界条件の問題点(2)は、左心室の境界を1点に貼り合わせるという数学的操作により、「退化特異点」と数学的には呼ばれる流れ場として理論に取り込むことで解決した。また、心エコー画像などの診療用装置から得られた画像データに対して、上述の理論と矛盾しないように、データを補正する位相的前処理(Topological pre-conditioning)という数学的な処理を施すことを試みた。

渦血流の渦構造・心臓機能・病態を、新たに定義した位相的渦構造で評価可能に

これにより、心血流エコーやMRIから得られる流線画像データに対して適用できる流線トポロジカルデータ解析の数学理論が完成した。これを用いると、心エコーVFM(Vector Flow Mapping)によって得られる健常例の左室心尖部の長軸断面で得られる収縮期血流画像から特徴的な位相構造を抽出して数学的に分類し、そのパターンに固有の文字列表現を割り当てることができた。このCOT表現後に一部の特定文字列が心臓血流内部の特定渦領域を表現するため、これを「位相的渦構造」として、数学的にも曖昧さなく定めることができるという。このような心血流エコー画像をトポロジカルデータ解析する技術開発は世界初となる。この結果、これまで明確な定義がなかった心臓血流が作り出す渦血流に、TFDAは「位相的渦構造」と呼ばれる新しい概念を定義することに成功。さらに、このことにより、渦構造と心臓のポンプとしての機能や心疾患の病態を、位相的渦構造で評価可能となった

クリニックでも簡単に行える血流解析システムの実現を目指す

今回の研究成果により、心エコーや心臓MRIなどの医療用画像診断機器から得られる「渦流解析」に曖昧さのない文字列を付与し、渦血流の機能を定量的に評価することが可能となった。同技術は特許として国内・海外出願も済ませているが、本当の社会的インパクトは、この理論が心臓の医学生理学上の問題を解決する基礎医学や、循環器疾患の診断や治療を変革するように臨床医学に実用されることで初めて出てくるものだ。Cardio Flow Design社では、同理論を実装する心臓エコー解析ソフトを開発しており、クリニックレベルでも簡単に血流解析ができる状況を5年以内に実現したいとしている。

「本研究により、長年不明だった渦流の役割やメカニズムが明確になり、医学生理学分野での基礎研究として意義が生まれてくる。また心疾患の診療においても、心疾患の病態を定量的に示すことで、早期に心不全に対し、より良質の医療が実現できる可能性があると期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大
  • 糖尿病管理に有効な「唾液グリコアルブミン検査法」を確立-東大病院ほか
  • 3年後の牛乳アレルギー耐性獲得率を予測するモデルを開発-成育医療センター
  • 小児急性リンパ性白血病の標準治療確立、臨床試験で最高水準の生存率-東大ほか
  • HPSの人はストレスを感じやすいが、周囲と「協調」して仕事ができると判明-阪大