αシヌクレイン、凝集体がニューロンからニューロンへ伝わる伝播様式のみが研究されてきた
東京医科歯科大学は8月17日、代表的神経変性疾患であるパーキンソン病の原因タンパク質・αシヌクレインの新たな伝播(拡散)様式を明らかにしたと発表した。この研究は、同大難治疾患研究所・神経病理学分野の岡澤均教授、東京都健康長寿医療センターらの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」にオンライン掲載されている。
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パーキンソン病は、代表的な神経変性疾患であり、日本には約20万人の患者がいると言われている。病理学的には脳の中の神経細胞の中にαシヌクレインというタンパク質が沈着・凝集することが特徴である。αシヌクレインは腸の神経細胞に発症早期から沈着・凝集することから、腸から脳にαシヌクレインが伝播していくのではないかという仮説がある。2008年に2つの論文において、パーキンソン病患者に移植した胎児ニューロンにαシヌクレインの大きな凝集体(封入体:レヴィー小体)が見られたことから、患者の細胞から移植された胎児細胞にαシヌクレインが伝わったのではないかという仮説(伝播仮説もしくはプリオン様伝播仮説)が提示された。また2012年には、体外で作成されたαシヌクレインの凝集体(preformed fibril:PPF)を、正常なマウスの脳に注入したところ、レヴィー小体が形成され、パーキンソン病様症状を発症したことも、伝播仮説の根拠とされている。その後に行われた多くの研究も、体の外で凝集物(PFF) を作ってモデル動物に注射する実験を採用し、これらの結果は、凝集物が神経細胞(ニューロン)から次のニューロンへ伝わるとの仮説を支持してきた。しかし、PFF以外の実験系での伝播に関する研究は極めてまれだった。
AAVベクターによる長期発現で、マウス脳内の離れた位置にモノマーの状態で脳内リンパ系拡散
今回、研究グループは脳内の狭い領域にAAVウイルスベクターを感染させることで特定の場所に長期間αシヌクレインを発現させるマウスモデルを作成し、αシヌクレインがどのように脳内で拡散するかを調べた。AAVウイルスベクター自体が、脳の離れた部位には伝わっていないことも確認した。その結果、予想に反して、2週間後には感染領域から遠く離れた脳部位にαシヌクレインが広がっていること、拡散したαシヌクレインは凝集体ではなくモノマーであること、αシヌクレインは脳内リンパ系により拡散していること、遠位の脳神経細胞においてαシヌクレインはモノマー状態で取り込まれた後に凝集体を細胞内で形成することを、超解像顕微鏡や免疫電子顕微鏡などの技術を用いて示した。この結果は、ウイルスベクターではない、蛍光標識したαシヌクレインの注入実験でも再確認できた。
従来の報告とは異なる伝播様式、今後の治療法開発に重要な知見
今回の研究成果は、従来言われてきた「凝集状態の疾患タンパク質がニューロンからニューロンへと伝播する」という様式以外に、「非凝集状態(モノマー状態)の疾患タンパク質が脳内リンパ系により離れた場所のニューロンへと伝播する」という新たな様式が存在することを示したものである。「ヒト脳において、そしてそれぞれの神経変性疾患において、どちらの様式がより優位に機能しているかは、今後に解決するべき問題だが、少なくとも今回のマウス実験では、脳内リンパ系のモノマーαシヌクレインの伝播が優位だった。今後の治療を考える際に、特にプリオン様伝播をブロックする抗体や低分子などの薬剤開発において、今回の知見は非常に重要な研究成果と言える」と、研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース