TNBCなどER陰性のがん、腫瘍内の微小環境が治療反応の悪さに関連
北海道大学は8月4日、エストロゲン感受性を持たないとされる腫瘍においてもエストロゲンが腫瘍成長を促進しており、抗エストロゲン薬がその成長を抑制できること、さらには免疫チェックポイント阻害治療の効果を改善できることを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学院博士課程の梶原ナビール氏、同大学遺伝子病制御研究所の清野研一郎教授らの研究グループらの研究グループによるもの。研究成果は、「British Journal of Cancer」に掲載されている。
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エストロゲンは、すべての脊椎動物に存在する性ホルモンで、女性の生殖器官や乳房をはじめとする性的発達に関与している。エストロゲンの作用は、エストロゲン受容体(ER)によって媒介され、受容体に結合することで細胞の生存および増殖を促す。ERは卵巣・子宮・乳房などの特定の組織だけでなく、ほとんどの免疫細胞でも発現するため、エストロゲンは非常に広範囲の細胞に作用することができる。
エストロゲンが細胞増殖にも関与することから、エストロゲン-ER経路の調節不全は、乳がんや卵巣・子宮内膜がんの発生につながる。実際、早発月経と遅発閉経は乳がん発症率の高さと関連している。しかし幸いにも、乳がん症例の約75%が診断時にER陽性と判定されており、これらの症例は抗エストロゲン療法により腫瘍退縮が期待できることを意味する。一方、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)のようなER陰性腫瘍は攻撃的で転移性のものが多く、抗エストロゲン療法も使用できない。さらに、ほとんどのがん治療に対する反応が悪く、腫瘍内の微小環境がもたらす障壁が大きく関係している。
腫瘍微小環境の免疫細胞に対するエストロゲンの重要性は?
腫瘍細胞、血管内皮細胞や免疫細胞などさまざまな細胞を含む腫瘍微小環境は腫瘍の運命を支配している。免疫細胞の浸潤が少ない腫瘍微小環境は予後不良と相関する。一方、多くの免疫細胞、特に、多くの細胞傷害性Tリンパ球(CTL)浸潤を伴う腫瘍微小環境は、良好な臨床成績と相関している。これまでの研究により、エストロゲンがリンパ球のサイトカイン産生や活性化レベルを調節でき、試験管内でTリンパ球を介した免疫反応を直接抑制できることが実証されている。さらに、生体内では、妊娠中のエストロゲンレベルの増加が活性化リンパ球を減少させることが報告されている。中でも、最も注目すべきは、男性における免疫チェックポイント阻害剤の治療効果が女性よりも高いことである。
以上から、エストロゲンが腫瘍微小環境の調節に関与していることは明らかであり、免疫細胞はエストロゲンによって引き起こされる免疫抑制の潜在的な標的であると考えられる。しかし、腫瘍微小環境の免疫細胞に対するエストロゲンの重要性は十分に解明されていない。そこで今回の研究ではエストロゲンと抗腫瘍免疫の関係に焦点をあてた。
抗エストロゲン薬はER陰性腫瘍内のCTL増加・活性化、マウスモデルで
研究では、体内のエストロゲン除去を目的に卵巣を切除したマウスと、卵巣保有マウスに、エストロゲン非感受性がん細胞である4T1(TNBCモデル)やCT26(結腸がんモデル)を皮下接種したのち、各腫瘍の成長を観察した。また、卵巣切除マウスにエストロゲンを単独投与することで、エストロゲンがエストロゲン非感受性腫瘍の成長に与える影響を観察した。
さらに、体内にTリンパ球を持たないマウスにも同様の実験を行うことで、エストロゲンがエストロゲン非感受性腫瘍の成長にTリンパ球を介した影響を持つかを検証した。その後、エストロゲン非感受性がん細胞を皮下接種したマウスに抗エストロゲン薬(フルベストラント・タモキシフェン・アナストロゾール)を投与することで、これまで観察されていたエストロゲンのエストロゲン非感受性腫瘍成長に対する影響を無効化できるかを調査し、その腫瘍内における免疫細胞浸潤の変化を解析した。解析の結果、抗エストロゲン薬を投与したマウスの腫瘍内において一貫してCTLが増加および活性化していることが明らかになったため、ヒト末梢血およびマウス脾臓から採取したCTLに試験管内でエストロゲンを添加、さらに抗エストロゲン薬を追加添加することで、エストロゲンのCTLに対する直接的な影響を検証した。
腫瘍浸潤CTLの存在は免疫チェックポイント阻害剤の治療効果を得る上で非常に重要であることが報告されている。そこで、エストロゲン非感受性がん細胞を皮下接種したマウスに対して抗エストロゲン薬と免疫チェックポイント阻害剤の併用療法を試した。
エストロゲンがCTLからのIL-2産生を抑制、抗エストロゲン薬は抑制解除できると判明
エストロゲン非感受性がん細胞(=ER陰性がん細胞)を卵巣切除マウスに接種すると、卵巣保有マウスと比較して腫瘍の増大が有意に抑制された。一方で、卵巣切除マウスに腫瘍を接種したのちエストロゲンを投与したところ、腫瘍増殖が促進された。また、これらの観察結果は、Tリンパ球欠損マウスを用いた時には見られなかったことから、エストロゲンがTリンパ球に作用することでエストロゲン非感受性腫瘍の成長を促進していることが明らかになった。
さらには、エストロゲン非感受性がん細胞を接種したマウスに抗エストロゲン薬を投与すると腫瘍増殖が抑制され、その腫瘍浸潤免疫細胞を解析してみると活性化CTLが大幅に増加していた。また、ヒト末梢血中およびマウス脾臓中CTLを用いた実験により、エストロゲンがCTLの増殖と活性化を直接抑制しており、抗エストロゲン薬の添加によりこの抑制を解除できることが判明した。このメカニズムとして、エストロゲンがCTLのからのインターロイキン(IL)-2産生を減少させ、これにより自己分泌活性化経路が抑制されている可能性が示された。
抗エストロゲン薬+ICIによる抗腫瘍効果をマウスで確認
抗エストロゲン薬の投与により腫瘍浸潤活性化CTLを増加させることができたため、最後に、エストロゲン非感受性がん細胞を接種したマウスに対して抗エストロゲン薬と免疫チェックポイント阻害剤の併用療法を行ったところ、劇的な抗腫瘍効果を誘導することができた。
抗エストロゲン薬のドラッグリポジショニングに期待
今回の研究で、エストロゲンがCTLからのIL-2産生を抑制することでCTL自身の活性化を阻害しており、抗エストロゲン薬がこの抑制を解除できること、さらには、抗エストロゲン薬の追加投与が免疫チェックポイント阻害剤の効果を大幅に改善できることが明らかになった。
「抗エストロゲン薬を腫瘍微小環境改善剤として既存治療(免疫チェックポイント阻害剤や抗がん剤)に追加使用することで抗腫瘍効果を改善できる可能性がある。今後臨床研究などがなされ、抗エストロゲン薬の臨床適応が拡大するドラッグリポジショニング戦略の確立が期待される」と、研究グループは述べている。
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