がん予防による経済効果は?2015年のレセプトデータベース情報を解析
国立がん研究センターは8月2日、日本人における最新の人口寄与割合(Population attributable fraction:PAF)のデータを用い、がんそのものによる経済的負担と予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担を推計し、がん予防の経済効果を明らかにしたと発表した。この研究は、同センターがん対策研究所予防研究部の井上真奈美部長、国立国際医療研究センター国際医療協力局グローバルヘルス政策研究センターの齋藤英子氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Global Health & Medicine」に掲載されている。
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がんは、1981年以来、日本において死因第1位となっており、その罹患者数は2019年で約100万人(男性:約57万人、女性:約43万人)、死亡者数は2021年で約38万人(男性:約22万人、女性:約16万人)と、がん患者は増加傾向にある。がんの要因とされる生活習慣や環境要因に対して、適切な対策や予防を行うことによって、新たながん患者を抑制し、がん関連の直接医療費や労働損失を回避することが可能になると考えられる。
2022年に、日本における予防可能なリスク要因に関連するがんに関して、主要な生活習慣や環境要因のPAFが報告された。近年、疾病負荷に関する科学的根拠が示されるようになったが、がんが日本人における死因の第1位であるにも関わらず、社会に与える経済的負担を推計した研究は現在までほとんど行われていない。がんは、直接的な医療費に加え、治療中の一時的な就業中断による労働力からの離脱によって、社会にも重大な経済的負担を引き起こす。がんの原因を予防することで、がん関連の直接医療費や労働損失を回避することが可能になると考えられる。今回研究グループは、これら予防可能ながんによる経済的負担を推計することで、がん予防による経済効果がどの程度になるかを調査した。
研究では、Prevalence-based cost-of-illnessアプローチという手法を用いて、直接医療費および間接費用(死亡および罹患による労働損失)を、社会的視点から算出。全国99.9%の病院や診療所の診療報酬情報をカバーする「レセプト情報・特定健診等情報データベース」の集計表を用いて、2015年時点のがん患者数や直接医療費を算出した。
労働損失が大きかったがん種、男性は肺がん、女性は乳がん
2015年に受療したがん患者延べ数は、男性が210万7,331人、女性が193万8,609人、計404万5,940人で、上位3部位は、男性が前立腺がん55万1,195人、胃がん31万6,112人、結腸がん23万125人、女性が乳がん65万9,970人、結腸がん19万7,745人、胃がん15万4,807人だった。
がんにおける直接医療費と死亡や罹患による労働損失を推計し、総経済的負担を算出したところ約2兆8597億円で、男性は約1兆4946億円、女性は約1兆3651億円と大きな差がないことがわかった。労働損失が最も大きかったがんは、男性が肺がんで約921億円、女性が乳がんで約2326億円だった。
予防可能なリスク要因に起因する経済的負担、男性約6738億円、女性約3502億
生活習慣や環境要因に起因するがんの経済的負担は、男性で約6738億円、女性で約3502億円、計約1兆240億円であり、そのうち男女ともに胃がんの経済的負担が最も高く(男性約1393億円、女性約728億円)、次いで男性は肺がん(約1276億円)、女性は子宮頸がん(約640億円)の順に高いことがわかった。
リスク要因別では「感染」約4788億円、「能動喫煙」約4340億円
5つの予防可能なリスク要因別(能動喫煙、飲酒、感染、過体重、運動不足)の経済的負担は、「感染」による経済的負担が最も高く約4788億円で、がん種別にみるとヘリコバクター・ピロリ菌による胃がんが約2110億円、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんが約640億円と推計された。「能動喫煙」による経済的負担は、全体で約4340億円、うち肺がんが最も高く約1386億円、飲酒は約1721億円になることがわかった。
子宮頸がんワクチン、ピロリ菌除菌等の予防対策実施は経済負担の軽減に
2015年の日本では、がんによる経済的負担は男女間で大きな差がないことがわかった。理由としては、女性のがんのなかで最も一般的な乳がんは、働き盛りの世代での罹患が多いため、直接医療費だけでなく労働損失が大きな影響を与えていると推察された。同様に、子宮頸がんも若年女性が罹患する疾患のため労働損失が多い結果が示された。
リスク要因別では、感染に起因するがんの経済的負担が最も高く、特に胃がん(ヘリコバクター・ピロリ菌感染)や子宮頸がん(ヒトパピローマウイルス感染)は、適切な対策が講じられた場合、多額の経済的負担を回避できることが示唆され、また、能動喫煙による経済損失が大きいことがわかった。
「2022年より積極的接種勧奨が再開された子宮頸がんワクチン接種のさらなる積極的勧奨を行うこと、肝炎ウイルスに感染している場合の治療やヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療を検討すること、定期的な健診・検診の受診勧奨を行うこと、たばこ対策を強化すること等、予防可能なリスク要因に対し適切な対策を実施し、予防・管理することは、命を救うだけでなく、経済的負担の軽減にもつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース