マウスで呼吸活動を中枢から操作し、記憶形成の変化を解析
兵庫医科大学は7月27日、呼吸中枢を操作して呼吸パターンをさまざまに変えると、記憶力が強化されたり、記憶の形成が妨げられて記憶力が低下したり、あるいは間違った形で記憶が作られてしまうことを発見したと発表した。この研究は、同大医学部生理学生体機能部門の中村望助教、古江秀昌主任教授、越久仁敬主任教授、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太准教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」電子版に掲載されている。
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呼吸は、生命維持において必須な活動だ。その制御は無意識下に行われるだけでなく、意識的にもコントロールできる二重支配となっている。覚醒下での呼吸の役割の詳細については明らかになっていないが、近年、課題などを行っている最中の脳の状態(脳のオンライン状態)において、呼吸は重要な役割を果たすことが示唆されている。
研究グループは先行研究により、ヒトの呼吸、特に息を吸う瞬間が課題を取り組んでいる途中で入り込むと、集中力・注意力を司る脳活動の低下とともに、記憶力が低下することを明らかにしている。これは、息を吸う瞬間が脳の情報処理のリセットに関与し、課題遂行の途中で入り込むと、情報処理がうまくいかなくなることが考えられる。そこで、今回の研究では、マウスを用いて、呼吸活動を直接コントロールすることで、記憶力に直接関わる記憶形成そのものに変化が生まれるか、また記憶力を自在に操ることができるかについて調べた。
呼吸活動は記憶形成の「トリガー」の役割を担うと判明
研究グループは、最初に遺伝子を改変した特殊なマウスを用いて、呼吸を数秒間停止できるかどうか実験した。光遺伝学(オプトジェネティクス)を用いて、遺伝子改変マウスの延髄にある呼吸中枢に光を照射すると、強制的に呼吸をコントロールできることが判明。次に、マウスを対象に記憶課題を行い、記憶する瞬間に呼吸を停止させた。その結果、記憶力が低下するだけでなく、その神経基盤である海馬ニューロン活動においても、その変化が観察されるという結果が示された。さらに、呼吸の頻度をほとんど変えずに呼吸の周期性をランダムにした結果、記憶力が強化された。一方で呼吸の頻度を強制的に半分に減らした場合は、記憶が間違った形で作られることが明らかになった。
これにより、呼吸の活動は、記憶を形づくる「トリガーの役割」を担い、このトリガーがないと記憶が形成されないことがわかった。また、呼吸リズムやタイミングが適切でないと、記憶や思考など、ある一定の単位ごとのまとまりを作るのがうまくいかなくなり、その結果、記憶力の低下につながる可能性が示唆された。
呼吸法による、うつ病など精神疾患対策や治療応用に期待
今回の研究成果は、呼吸が認知機能に対して重要な役割を果たすことを示したものだ。さらに、別の上位中枢機能である情動や日々の生活におけるメンタルヘルスにも関与することが十分に考えられるという。今後、呼吸によるストレス緩和や精神疾患対策などの効果を明らかにしていくことで、あらゆる人々のQOL(生活の質)の向上に貢献することが期待される。呼吸法はストレス低減効果をもつことから、呼吸法を用いたうつ病などの精神疾患対策や治療に応用していきたいと考えている、と研究グループは述べている。
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