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神経細胞の髄鞘における脂質合成、運動学習に寄与するメカニズムを解明-名大

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2023年07月28日 PM12:07

学習による髄鞘の脂質組成変化、どのように神経活動へ寄与するのか

名古屋大学は7月26日、脳内の神経細胞の出力部である軸索の周囲を絶縁するために形成される髄鞘に着目し、運動学習に伴って引き起こされる神経細胞の活動変化によって髄鞘の構成成分である脂質の組成変化が起こり、これが運動学習に必須であること、そしてその詳細なメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科分子細胞学分野の青山友紀博士課程大学院生、加藤大輔講師、和氣弘明教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「GLIA」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

脳は神経細胞やシナプスが存在する灰白質とそれをつなぐケーブルの役割を果たす白質でできている。白質はオリゴデンドロサイトによって髄鞘化された軸索で構成され、活動電位の伝播速度の増加やエネルギー供給に重要な役割を果たしている。近年、脳MRI研究により、白質の中でも特に、髄鞘の構造やその構成成分が神経活動の強度に応じて変化することが示され、とりわけ、特定の脳領域における髄鞘を構成するタンパク質発現の増加は、運動学習や技能習得と大きく関わることが知られている。このように、これまでの神経活動と髄鞘に関する研究は、学習によるその構成成分であるタンパク質発現に着目した研究が多く、学習による髄鞘の主要な構成成分である脂質組成の変化やそれに伴う神経活動への寄与はまったくわかっていなかった。

マウスのレバー引き運動学習、M1の神経活動が時間経過に従って変化

そこで研究グループは、髄鞘の主要構成要素である脂質組成の変化が、運動学習と関連しているかどうかを検討した。今回の研究では、レバー引き運動学習に伴うダイナミックな髄鞘内の脂質合成メカニズムとそのレバー引き運動学習への寄与の一端を明らかにした。

まず、生きたマウスの脳を観察することができる生体2光子顕微鏡を用いて、右前肢レバー引き運動学習課題下におけるマウス1次運動野(M1)の神経活動を経時的に観察した。また、運動学習過程を3段階、前期群(4日間施行)、中期群(7日間施行)、後期群(12日間施行)に分類した。そして、同一の神経細胞の活動強度および活動パターンを比較することで、それぞれの群における学習効率と神経活動の変化を定量化した。その結果、M1の神経細胞において、成功したレバーを引く動作に関連する神経活動(学習に関連する神経活動)が観察される神経細胞(学習に関連する神経細胞)が多数存在し、前期群では、この学習に関連する神経活動の強度が学習過程で増加するマウスほど、レバーを引く回数が多いことがわかった。さらに後期群では、学習に関連する神経活動の強度が学習過程で増加する神経細胞の数が多いマウスほど、レバーを引く成功率が高くなる(学習効率が高い)ことがわかった。これらの結果より、運動学習の前期では、レバーを引く動作のためにM1の神経活動が誘導され、後期ではこのM1の神経活動が、学習効率を高めるためにレバー引きに特化した神経活動パターンへ変化することが示された。

M1直下の白質、運動学習とともにSM・GalCerの発現が変化し神経活動と相関

次に、運動学習で変化する髄鞘特異的な脂質組成の変化を調べるために、質量分析顕微鏡を用いてM1直下の白質における脂質組成変化を定量化した。ここでは、上記3群の運動学習と神経活動を個体計測したマウスから脳を採取し、脳切片の左側(運動学習側)と右側(運動学習をしていない側)のM1直下にある白質におけるスフィンゴミエリン(SM)とガラクトセラミド()の発現量を質量分析顕微鏡により計測し、左右比を定量化した。その結果、SMの発現量は、前期群と中期群で運動学習側が運動学習をしていない側より高く、一方GalCerの発現量は、中期群と後期群で運動学習側が運動学習をしていない側より高いことがわかった。これに加えて、後期群の脳サンプルを用いたLC-MS/MSおよび薄層クロマトグラフィーの結果もこれまでと同様、後期群でGalCerの発現量が増加することを示していた。

さらに、前期群では、SMの発現量は、学習に関連する神経活動強度の学習過程での増加量と正の相関をすることがわかった。また、中期群では、SMおよびGalCerの発現量は、学習に関連する神経活動強度の学習過程での増加量と負の相関を示す一方、学習に関連する神経活動が学習過程で増加した神経細胞の割合とは正の相関を示した。さらに後期群では、GalCerの発現量は、学習に関連する神経活動が学習過程で増加した神経細胞の割合と正の相関を示した。これらの結果から、SMの発現量は、運動学習前期における学習に関連する神経活動の増加に寄与し、GalCerの発現量は、運動学習中期および後期段階における成功率を維持する神経活動パターンを促進することで、神経回路の調整機能を発揮している可能性が考えられた。

髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトのGalCer合成阻害、運動学習効率を低下

GalCerはオリゴデンドロサイトのCGTと呼ばれる酵素によってSMから合成されるため、アデノ随伴ウイルスによるRNA干渉法を用いて、オリゴデンドロサイト特異的にCGTを阻害することで、GalCerの合成が運動学習および神経活動の同期的な活動に寄与するか検証した。その結果、オリゴデンドロサイト特異的なCGT阻害により、運動学習効率が低下することがわかった。また、運動学習に重要な視床とM1を結ぶ神経回路に着目し、電気生理学的手法を用いて髄鞘が制御する軸索を伝わる活動電位の伝播する時間を調べたところ、CGT阻害により軸索ごとで活動電位の伝播する時間のバラツキが有意に大きくなることがわかった。これらの結果は、オリゴデンドロサイト特異的なCGT阻害が、視床とM1を結ぶ個々の軸索の活動電位の伝播のタイミングを障害することで、運動学習効率を低下させる可能性を示唆しており、髄鞘におけるGalCerの合成が、運動学習に必要不可欠であることがわかった。

髄鞘における脂質代謝、加齢や神経変性疾患の進行に寄与する可能性

今回の研究結果は、GalCerの合成が運動学習に関連する神経活動の安定化に役立ち、髄鞘形成の新たな側面として、運動学習の効率化に脂質組成の変化を介した神経活動依存的な髄鞘化が必要不可欠であることを示唆している。近年、髄鞘における脂質代謝の異常は、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患と関連していることが知られている。さらに、白質機能の低下は高齢者や神経変性疾患患者において多く認められるため、髄鞘における脂質組成の変化は、加齢や神経変性疾患の進行に寄与している可能性がある。「髄鞘における特定の脂質の合成制御が、今後、白質機能の低下を伴う疾患に対する新たな治療的戦略につながる可能性がある」と、研究グループは述べている。

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