有酸素運動に多い「上下動」が身体に好影響を与える?臨床試験含め検討
国立障害者リハビリテーションセンターは7月7日、ラットを用いた実験とヒト成人を対象とした臨床試験にて、適度な運動が高血圧改善をもたらすメカニズムを発見したと発表した。この研究は、同センター病院臨床研究開発部の澤田泰宏部長、国立循環器病研究センター、東京大学、東京農工大学、九州大学、国際医療福祉大学、関西学院大学、群馬大学、東北大学、大阪大学大学院医学系研究科、岩井医療財団、新潟医療福祉大学、所沢ハートセンターらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Biomedical Engineering」に掲載されている。
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超高齢社会を迎えた日本のみならず、先進諸国において、健康寿命の延伸が喫緊の課題となっている。認知症、うつ病、糖尿病、がんなど多くの、特に加齢に関連した疾患・障害に「適度な運動」が有効であることが統計的に証明されている。一方で、「適度な運動」の反対である「身体不活動」は、特に高齢者においてさまざまな疾患の原因となり、日本における死亡危険因子(リスクファクター)の第3位となっている。このように、適度な運動の重要性は確立されているが、運動の何が身体に好影響を与えるか、ほとんどわかっていない。例えば、有酸素運動には上下動(飛ぶ、あるいは、飛び跳ねる)を伴うものが少なくないので、本当はその上下動が重要なのかもしれない。
今回の研究では、「運動→頭部に適度な衝撃→脳内間質液流動→脳内の細胞に力学的刺激→脳内の細胞の機能調節」という分子の仕組みが、死亡リスクファクターとして世界で第1位・日本で第2位である高血圧の予防あるいは改善においても重要な役割を果たしているかを、動物・細胞実験のみならず、ヒト高血圧者を対象とした臨床試験で検証した。
高血圧ラット頭部への1Gの上下方向の衝撃、血圧下降・交感神経活性抑制
高血圧を自然発症するラット(高血圧ラット)において、ヒトの軽いジョギング程度に相当する運動(分速20メートルの走行)を続けると、高血圧改善効果、交感神経活性抑制効果があることが報告されていた。また、以前、分速20メートルで走行中のラットでは、前足が着地する毎に頭部に約1Gの衝撃が加わることを研究グループは明らかにしていた。
今回、麻酔した高血圧ラットの頭部に1Gの衝撃がリズミカルに加わるように、毎秒2回頭部を上下動させたところ(1日30分間で4週間)、分速20メートルの走行(やはり1日30分間で4週間)と同様に、血圧が下降し、尿中に排泄されるノルエピネフリンの量が減少した。一方、この受動的頭部上下動による血圧下降・交感神経活性抑制は、高血圧ラットにのみに生じ、正常血圧ラットの場合はさらなる血圧下降・交感神経活性低下は生じなかった。
上下動により生じた流体せん断力、アンジオテンシンII1型受容体の発現を低下
また、ラットにおいて1日30分間・4週間の受動的頭部上下動と分速20メートルの走行はいずれも、高血圧ラットにおける高血圧の病態に関与することが知られている延髄の一部(吻側延髄腹外側野)吻側延髄腹外側野のアストロサイトにおけるアンジオテンシンII1型受容体の発現を低下させた。
造影CTや蛍光標識したハイドロゲルの導入にて、延髄における間質液の移動(流れ)の速度(流速)、経路(流路)の構造・配向性・サイズを検討し、計算したところ、頭部への1Gの上下方向の衝撃は局所の細胞に1Pa(パスカル)を少し下回る程度の流体せん断力をもたらすことがわかった。
1Paを少し下回る流体せん断力を培養アストロサイトに加えたところ、アンジオテンシンII1型受容体の発現が低下し、アンジオテンシンIIに対する応答性が低下した。
延髄の間質液流動阻害により、運動や頭部上下動による効果は消失
ラットの吻側延髄腹外側野にハイドロゲルを導入すると組織液の流動が阻害されるが、細胞への栄養供給などは保たれるので細胞死は促進されない。しかし、吻側延髄腹外側野にハイドロゲルを導入した高血圧ラットでは、分速20メートルの走行や受動的頭部上下動による血圧下降効果、アストロサイトにおけるアンジオテンシンII1型受容体発現低下、尿中ノルエピネフリン排出量減少の効果が消失していた。これは、運動や受動的頭部上下動の効果が間質液の流動を介していることを示す。
座面上下動椅子で、有害事象なくヒトの高血圧改善
また、ヒトで健康によいとされる軽いジョギングあるいは速歩き(時速7キロメートル)を行なった時も、足の着地時に約1Gの衝撃が頭部に加わることがわかった。
そこで、高血圧症を有するヒト成人が、座面が上下動することで頭部に1Gの上下方向の衝撃を与える座面上下動椅子に、1日30分間、週に3日、1か月間(4.5週間)搭乗すると、高血圧が改善し、交感神経活性が抑制された。また、1か月間の座面上下動椅子搭乗期間の終了後も、約1か月間は高血圧改善効果の持続が観察された。なお、過度の血圧低下(低血圧症状)を含め、この座面上下動椅子搭乗による明らかな有害事象は認められなかった。
病気や怪我などで運動できない人にも適用できる治療法の開発につながると期待
今回、そのメカニズムを追究した適度な運動の効果は、脳に限ったものではない。骨・関節、筋肉などの運動器はもちろんとして、肝臓を始めとする腹腔内臓器や内分泌器官にも、適度な運動が好影響を与えることが明らかとされている。研究グループは、身体に良い効果をもたらす運動の本質の少なくとも一部が、運動時(特に、足の着地時)に身体に加わる力(衝撃)で生じる間質液の流動であるとする仮説を、マウスやラットにて検証してきた。
今回の研究により、代表的な生活習慣病である高血圧症に対する適度な運動の効果に、身体への物理的衝撃で生じる間質液流動の促進が重要な役割を果たすことが、ヒトでも示された。「本研究の成果は、『運動とはなにか?』という問いへの答えにつながるとともに、骨・関節・神経の病気や怪我などで運動したくても運動できない者(例えば、寝たきりの高齢者や肢体不自由障害者)にも適用可能な擬似運動治療法の開発につながる可能性がある」と、研究グループは述べている。