バングラデシュ皮革工場労働者、さまざまな化学物質による健康被害誘発が懸念される
名古屋大学は7月6日、バングラデシュの皮革工場労働者における三価クロムの健康影響に関する新知見を報告したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科環境労働衛生学の土山智之非常勤講師、田崎啓講師、加藤昌志教授(責任著者)ら、バングラデシュ健康・家族福祉省Al Hossain医系技官、ダッカ大学のAkhand教授、Ahsan教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Chemosphere」電子版に掲載されている。
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皮革産業は、世界貿易額が1000億ドルを超え、世界で数百万人の労働者が従事していると推計されている。世界の皮革製品のほとんどは、生産コストが低い「クロムなめし」で生産されているため、皮革工場では大量の三価クロムが使用されている。三価クロムをはじめとした化学物質を含む大量の廃液が未処理の状態で排出されると、周辺地域で甚大な環境汚染が誘発される。研究グループは、先行研究において、バングラデシュの皮革工場集積地域における環境汚染の推移を三価クロムのみならずさまざまな化学物質に焦点を当てて報告してきた。また、これら化学物質による汚染緩和に有効な浄化材を開発してきた。
これら化学物質が、バングラデシュの皮革工場労働者の健康被害を誘発する可能性が懸念されている。一方、長期の三価クロムへの曝露が高血圧や糖代謝異常の指標である尿糖などの有病率にどのような影響を与えるかについてはわかっていない。そこで今回の研究では、高濃度の三価クロムに長期間さらされていることが、高血圧と尿糖の有病率にどのような影響を与えるのかを皮革工場労働者と事務労働者(対照)に焦点を当てて調べた。
高曝露工場労働者の高血圧・尿糖有病率、低曝露・対照群より有意に「低」
まず、三価クロムへの長期曝露指標である足爪のクロム濃度を皮革工場労働者と事務労働者において測定した。皮革工場労働者の三価クロムへの曝露の程度は、担当する工程等の影響で個人差があるため、今回の研究にでは足爪のクロム濃度が低い(低曝露群)工場労働者およびクロム濃度が高い(高曝露群)工場労働者に分けて解析した。
単変量解析を行ったところ、低曝露群の工場労働者と事務労働者との間では、高血圧および尿糖の有病率に差はなかった。高曝露群の工場労働者における高血圧および尿糖の有病率は、低曝露群の工場労働者と事務労働者よりも有意に低くなった。
次に、年齢、BMI、喫煙歴、尿中ナトリウム/カリウム比、尿蛋白クレアチニン比、日照時間、足爪のマグネシウム濃度など疾患発症の要因を調整した多変量解析を実施。結果は同様であり、高曝露群の工場労働者における高血圧と尿糖の有病率が、低曝露群の工場労働者と事務労働者よりも有意に低くなった。
三価クロム、糖尿病ではないヒトにも有効な可能性
これらのことから、長期間にわたり三価クロムに過剰に曝露している皮革工場労働者は三価クロムにさらされていない事務労働者(対照)と比較して高血圧と尿糖の有病率が有意に低いことがわかった。これは、三価クロムにより、高血圧と尿糖といったメタボリック症候群が予防・改善できる可能性を示している。過去の研究では、三価クロムがインシュリンの感受性を修飾することにより糖尿病の病態を改善できる可能性が報告されている。しかし、糖代謝異常がない一般人における報告はこれまでなかった。今回の研究は、過剰の三価クロムに長期間にさらされることが、糖尿病患者だけでなく、糖尿病ではないヒト(皮革工場労働者)にも有効である可能性を示したとしている。
三価クロムで健康障害誘発の可能性も、今後も検討が必要
今回の研究では三価クロムに有益な効果がある可能性が示された一方で、研究グループは過剰の三価クロムに長期間さらされたバングラデシュの皮革労働者において、皮膚障害や腎臓障害、難聴といったさまざまな健康障害が誘発される可能性をこれまでに報告している。三価クロムは一般的には比較的安全な元素であると考えられおり、栄養補助食品として世界中で使用されている。三価クロムをどのくらいの濃度で、どんな経路で投与されると、どのような臓器に、どんな影響があるかについては、まだ十分な知見がない。三価クロムがヒトの健康に与える両面的な影響については、今後慎重に検討していく必要があると考えられる、と研究グループは述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース