熱転写印刷を応用し、汗中のイオンを継続的に定量化できるウェアラブルデバイスを開発
東京理科大学は7月6日、汗中のイオン濃度をリアルタイムで測定できる小型のイオンセンサの開発に成功し、同イオンセンサを熱転写印刷で衣類に取り付けることで、非侵襲的なウェアラブルデバイスとして使用可能であることを実証したと発表した。この研究は、同大創域理工学部先端化学科の四反田功准教授、同・工学部機械工学科の元祐昌廣教授、同・薬学部薬学科の鈴木立紀准教授、同・教養教育研究院野田キャンパス教養部の柳田信也教授、向本敬洋准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「ACS Sensors」にオンライン掲載されている。
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身体に装着して心拍数、呼吸数、体温、血圧、血糖値などを測定できるウェアラブルデバイスは、血液検査などと比較して身体への負荷が少なく、日常生活や運動中に各パラメータを容易にモニタリングできる。特に、汗、唾液、涙などヒトの体液には健康や身体の状態に関連するパラメータが多く含まれており、これらをモニタリングすることで、身体的な負荷を掛けることなく健康や状態の変化をリアルタイムで把握することが可能となる。
塩化物イオン(Cl-)はヒトの汗に最も多く含まれる電解質で、濃度を測定することで体内の電解質バランスを把握できると同時に、低ナトリウム血症や熱中症の診断や予防を行うことができる。これを実現するためには、汗中のCl-を安定かつ連続的に定量化する必要がある。そこで、皮膚に対する刺激が少なく軽量で身体に装着できるデバイスが模索され、これまでさまざまなタイプのウェアラブルデバイスが開発されてきた。
その代表の一つが、タトゥーシールを基材とするウェアラブルセンサだ。しかし、この方法では汗による不快感が問題となる。一方、センサを直接繊維基材に成形する方法もあるが、繊維の表面には凸凹があるため、直接電極を印刷するだけではインクを十分吸収せず抵抗も大きいことから、デバイスの精度が低くなるという問題がある。
そこで研究グループは今回、熱転写印刷という方法を用いた。熱転写印刷は、平滑な基板上にセンサを作製し、そのセンサを繊維上に置いて熱と圧力を加えることで転写する方法だ。これにより、粗い布や紙の上にも高精度なセンサを成形することが可能となる。
研究グループは、過去に汗中の乳酸を検出して発電するバイオ燃料電池やバイオセンサの開発を行ってきた。今回はこれらの知識と経験を活用し、汗に含まれるイオンを継続的に定量化できるウェアラブルデバイスの開発を目的として研究を進めてきた。同研究では、主にCl-のイオンセンサに焦点を当てているが、Na+、K+、NH4+のイオンセンサの開発も行った。
健康な男性が30分運動したときの発汗量・血中イオン濃度・唾液浸透圧を測定
研究ではまず、各イオン(Cl-、Na+、K+、NH4+)センサの作製を行った。炭素電極上にイオン交換膜を、Ag/AgCl電極上に参照電極膜を形成した後、各部材を積層することで目的のイオンセンサを作製。そして熱転写印刷技術を用いて、布地に作製した各イオンセンサの取り付けを行った。
次に、人工汗を用いて各イオン濃度に対するイオンセンサの応答性を評価した。イオン濃度の対数に対して起電力をプロットすると、Cl-のイオンセンサでは負の傾きを持つ直線、Na+、K+、NH4+のイオンセンサでは正の傾きを持つ直線を形成し、ネルンストの式を満たす応答を示すことが判明。直線の傾きはCl-で-59.5 mV/log CCl-、Na+で+56 mV/log CNa+、K+で+53.1 mV/log CK+、NH4+で+56.1 mV/log CNH4+で、実際のヒトの汗にも使用可能であることが示唆された。また、いずれのイオンセンサにおいても他の成分による干渉やpHの影響を受けることなく、各イオン濃度に応じた電位変化を検出可能であることを明らかにした。
さらに、作製したCl-イオンセンサを人体に取り付けて、実際の挙動確認を行った。健康な男性がエアロバイクで30分運動したときの発汗量、血中イオン濃度、唾液浸透圧(脱水度の指標)について、市販のセンサと今回開発したセンサを併用して、5分間隔で測定した。イオンセンサの検出部分には高吸水性繊維を取り付け、付着した古い汗を連続的に除去できる機構を採用した。
開発したCl-イオンセンサの応答が、脱水度の指標として十分使用可能であることを確認
実験の結果、運動開始後はCl-イオンセンサの電位が徐々に低下し、運動終了後には電位が上昇することが判明した。このことから、汗中のCl-イオン濃度は、運動時間や負荷が増えるにつれて増加し、運動後には減少することが示唆された。また、測定した全てのパラメータはCl-濃度と相関性があり、特に、脱水度の指標である唾液浸透圧との相関が高いことが明らかになった。そのため、同研究で開発したCl-イオンセンサの応答は、脱水度の指標として十分使用可能であることを見出した。
運動の記録・管理、脱水や熱中症の早期発見に役立つ可能性
今回開発されたイオンセンサは、他の成分の影響を受けることなく、精度良く各イオン濃度を測定できた。また、小型で衣類に熱転写印刷することができるため、使用時に直接肌に触れることはない。そのため、装着時の圧迫感や皮膚のかぶれがなく、長時間快適に使用することができる。同研究成果をさらに発展させることで、Tシャツやリストバンド、インソールなどに組み込むことができるようになれば、健康状態をリアルタイムでモニタリング可能なさまざまな製品の実現が期待される。
研究を主導した四反田准教授は「ヒトの汗に含まれる各イオン濃度をモニタリングすることで、運動管理や記録に応用できるとともに、脱水症状の早期検知につながると考えられる。また、労働環境下での熱中症の早期発見などに役立つことが期待される」と、述べている。
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・東京理科大学 プレスリリース