小児IBDに含まれる「monogenic IBD」、発症の詳細は不明点が多い
群馬大学は6月27日、小児炎症性腸疾患(IBD)の新たな発症原因を解明したと発表した。この研究は、順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学の伊藤夏希非常勤助手、工藤孝広先任准教授、清水俊明教授、難病の診断と治療研究センターの江口英孝准教授、岡﨑康司教授、国立成育医療研究センター消化器科の新井勝大部長、群馬大学大学院医学系研究科小児科学分野の石毛崇講師らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Inflammatory Bowel Diseases」にオンライン掲載されている。
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IBDの病因は遺伝的背景に加え、食生活や腸内細菌叢の変化などの環境要因が複雑に相互作用し、発症に至ると考えられている。ごく若年の小児期に発症するIBDは遺伝学的要因が強いとされ、その中には1つの遺伝子の機能が阻害されて引き起こされる、いわゆる「monogenic IBD」が含まれている。このようなIBDは薬剤による標準治療には抵抗性を認めることが多いため、その原因の特定は治療方針を策定する上で重要な情報となる。
Monogenic IBDの原因遺伝子の一つ「SLCO2A1」は、炎症メディエーター(生理活性物質)であるプロスタグランジンE2の細胞内取り込みを担うトランスポーターで、その働きが阻害されると慢性的に炎症が引き起こされる。SLCO2A1の遺伝子異常が、両親から受け継いだ遺伝子のいずれにも存在すると、浅い潰瘍が小腸に多発する非特異性多発性小腸潰瘍症というmonogenic IBDを発症する。
近年、IBDの原因を特定するための遺伝学的検査が保険適応となった。しかし、この検査では原因が特定できない小児のIBD患者も一定数見つかってきており、治療戦略を考える上で臨床上の大きな課題となっている。
Monogenic IBD疑いの小児患者姉妹を全エクソーム解析、SLCO2A1の片アレルに変化を検出
研究グループは今回、若年で発症した姉妹のIBD患者を対象として研究を行った。妹は2歳時に血便と下痢を発症し、内視鏡検査で大腸に散在するびらん(皮膚や粘膜の表皮が欠けたただれ)と、小腸に多発する潰瘍を認めた。姉は9歳時に周期的な腹痛と発熱を発症し、内視鏡検査で大腸は正常粘膜で、小腸に多発する潰瘍を認めた。
遺伝学的要因の関与が疑われ、全エクソーム解析(遺伝子をコードする領域であるエクソンに由来するDNA分子だけを遺伝子解析する手法)で要因探索を行なったところ、いずれの症例でもSLCO2A1遺伝子の片側アレル(対立遺伝子)に、スプライシングサイトバリアント(c.940+1G>A)を共通して検出した。これまでSLCO2A1が原因となるIBDとしては非特異性多発性小腸潰瘍症のみが知られているが、この病気は両親から受け継いだ両側のアレルいずれにも病気の原因となる遺伝子の変化があるもので、この姉妹例は適合しない。
姉妹の炎症病変でのみ、SLCO2A1遺伝子プロモーター領域が高度メチル化
SLCO2A1が遺伝学的要因以外で関与する可能性について検討するために、腸管の生検組織を用いて、後天的なDNAの修飾であるDNAメチル化解析(バイサルファイトシークエンス)を行った。姉妹の炎症を起こしている病変においてのみ、このSLCO2A1の遺伝子発現を制御するプロモーター領域が高度にメチル化されていることが示された。
腸管のDNAメチル化によるSLCO2A1発現抑制でPG代謝が抑制されIBD発症の可能性
さらに、SLCO2A1のRNA発現解析(リアルタイムPCR)およびタンパク発現解析(免疫蛍光組織染色)を行ったところ、姉妹の炎症病変では、対照群と比較してSLCO2A1の発現が著しく低下していることを確認した。このSLCO2A1は炎症を仲介するプロスタグランジン(PG)E2を細胞内に輸送するタンパク質であり、SLCO2A1の機能が低下するとPGの代謝が抑制され、細胞表面のPGのシグナル伝達が増加し炎症が誘発される。代謝への影響を調べるために、尿中のPG代謝産物を測定したところ、姉妹いずれも非特異性多発性小腸潰瘍症の患者と同等であり、対照群よりも高値だった。さらに症状が重症な妹では、姉よりも高濃度のPG代謝産物が検出された。
これらの結果から、同姉妹症例の発症メカニズムとして、腸管の細胞でDNAメチル化によりSLCO2A1の遺伝子発現が抑制されることにより、PGの取り込み機能が抑制され、高濃度のPGが腸管粘膜に慢性の炎症を引き起こした可能性が示された。これにより、腸内細菌叢の変化や、食生活、運動などの環境要因等がSLCO2A1の遺伝子発現に影響し、腸管粘膜の炎症を引き起こす可能性が示された。
腸内細菌叢が乱れて一過性の炎症が起こり、特定の遺伝子のDNAメチル化亢進の可能性
これまでSLCO2A1が関与するIBDの原因としては、両親から引き継いだ両側アレルに病気の原因となるような遺伝子の変化のみが知られていた。しかし、今回の研究によって、遺伝学的検査のみからでは原因が特定されなかった症例で、腸管の局所に後天的なDNAのメチル化が起き、遺伝子発現が抑制され、PGの取り込み活性の低下を引き起こし、結果としてIBD発症に至った可能性が示された。SLCO2A1のDNAメチル化がどのようにして引き起こされたのかは明らかになっていないが、候補となる要因の一つとして腸内細菌叢の関与が考えられる。
「腸内細菌叢が乱れることにより一過性に炎症を引き起こし、特定の遺伝子のDNAメチル化が亢進する可能性が考えられる。今回の結果から、保険適用となっている遺伝学的検査で原因が特定できなかった小児症例で尿中の代謝産物を測定する重要性が示された。原因が特定されることにより、臨床経過が重症化した時にも、最適な薬剤を選択し治療を行えるものと考えられる」と、研究グループは述べている。
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