生活や環境が脳に影響し成熟する「こころ」、統合失調症の神経細胞の変化は不明
東京都医学総合研究所は6月24日、神経細胞の形が年齢と相関し、統合失調症ではその相関から逸脱することを見出したと発表した。この研究は、同研究所の糸川昌成副所長と東海大学の水谷隆太教授、名古屋大学、高輝度光科学研究センターSPring-8、高エネルギー加速器研究機構、米国アルゴンヌ国立研究所らの研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS ONE」にオンライン掲載されている。
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ヒトのこころは、年齢によって成長し、成人した後も成熟を重ねる。これは、生活習慣や環境が脳に影響した結果と考えられるが、どのようなメカニズムによるのかは明らかにされていない。一方で統合失調症は、思春期から成人早期で発症することが多く、脳の発達との関係が疑われてきた。しかし、統合失調症での神経細胞の変化はわかっていない。
微細な3D構造を観察する放射光ナノトモグラフィ法により、神経細胞の構造を解析
今回の研究では、放射光ナノトモグラフィ(ナノCT)法と呼ばれる方法をヒト脳組織に応用し、神経細胞の構造をナノメータースケールで解析した。この測定法は、CTスキャンの原理により微細な3D構造を観察する技術で、「はやぶさ2」の帰還試料の解析にも応用されている。研究グループは、脳の前帯状回と呼ばれる部位(BA24)を対象に、日米の放射光施設(SPring-8、Advanced Photon Source)で実験を行い、神経細胞の構造を解析した。
健康な人は神経突起の曲率が年齢に比例、統合失調症の人ではこの比例関係から逸脱
解析では、神経突起の曲率などの構造パラメータを計算して、加齢による変化を調べた。すると、健康な人では、曲率の標準偏差(ばらつき)が年齢に比例することがわかった。このような神経細胞の変化は、今回の研究で初めて明らかになったものであり、ヒト脳の加齢に関する重要な知見である。また、統合失調症の人では、この比例関係から逸脱していた。これは、統合失調症では、脳の加齢が通常とは異なることを示している。
神経突起の曲率の頻度分布により、健常な対照例と統合失調症例は明確に区別可能
そこで神経突起の曲率の頻度分布を調べたところ、健常な対照例と統合失調症例で明確に異なることがわかった。このようなグラフの違いは、神経突起の太さや曲がり方の違いに由来する。従来の定説では、統合失調症は脳組織からは明確に区別できないとされてきたが、それを覆す知見である。
神経突起の曲率は幻聴スコアと強い相関、投薬量や罹病期間とは相関見られず
さらに、この構造変化と臨床情報との関係を調べたところ、神経突起の曲率が統合失調症では平均値で60%高く、幻聴スコアと強い相関を示した(Pearson’s r=0.80、p=1.8×10 -4)。一方で、投薬量や罹病期間などとの相関は見られなかった。このことは、神経突起を太くまっすぐにすることができれば、統合失調症の精神症状を改善できる可能性を示している。これは、従来にない発想であり、新たな統合失調症の治療法につながると考えられるという。
「最近、イギリスの研究者が、統合失調症で網膜の神経細胞層が薄くなること(菲薄化)を報告し、注目を集めている。網膜の菲薄化は加齢と関係し、統合失調症が早期老化ではないかとする仮説が提唱されている。統合失調症で年齢相関から逸脱するという現象は、あるいは統合失調症での加齢の仕方の違いを示しているのかもしれない」と、研究グループは述べている。
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