パンデミックによる医療提供体制の変化がACSCsに該当する入院患者に与えた影響は?
東京大学は6月23日、適切な外来診療によって入院を防ぎ得る疾患の院内死亡率が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック初期に上昇していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の阿部計大客員研究員、宮脇敦士助教、国立国際医療研究センターの射場在紗上級研究員、ハーバードT.H.Chan公衆衛生大学院の河内一郎教授の共同研究グループによるもの。研究成果は、「JAMA Network Open」にオンライン掲載されている。
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COVID-19によるパンデミックの初期には、患者の受診控えや医療機関の外来受診制限によるものと考えられる外来受診数の減少が報告されている。また、COVID-19による医療機関への診療負荷によって、入院や予定手術の待機時間が長くなったことが報告されている。このような外来や入院医療へのアクセス低下によって、パンデミック期間に患者の健康状態が悪化していた懸念があった。
カナダと米国の研究では、パンデミック初期に「適切な外来診療によって入院を防ぎ得る疾患(Ambulatory Care Sensitive Conditions: ACSCs)」に該当する患者の入院数の減少と救急受診数の減少が報告された。さらに、それらの国々と比べてCOVID-19の感染者数が少なかった日本においても、ACSCs患者の入院数が減少したことが報告されている。しかし、パンデミック期間にACSCsの入院数が減少したことは、患者にとって良かったことなのか(健康であったということなのか)、それとも、本来は入院が必要であった患者が入院できなかったことを示しているのかは明らかにされていなかった。そこで、研究グループは今回、日本のCOVID19による緊急事態宣言前後におけるACSCsによる院内死亡数と院内死亡率の変化を調べた。
急性疾患の院内死亡率が2019年以前より71%上昇、24時間以内院内死亡率87%上昇
研究では、2020年4月の日本政府による緊急事態宣言を日本でのCOVID-19の本格的流行開始のタイミングとみなし、2020年1~3月の月平均値と4月以降の月平均値の差と、2015~2019年の1~3月の月平均値と4月以降の月平均値の差を「差の差の分析(Difference-in-differences)」と呼ばれる手法で比較。分析には匿名化された242の急性期病院の診療データベースを使用した。
期間中にACSCsに該当する病名での入院が2万8,321件(年齢中央値76歳、女性45.9%)あり、2015~2019年に2万4,261件、2020年は4,060件が観測された。ACSCs入院のうち、急性胃腸炎や脱水のような急性疾患での入院が7,301件(25.8%)、うっ血性心不全のような慢性疾患での入院が1万7,015件(60.1%)、肺炎球菌性肺炎のような予防接種によって予防可能な疾患による入院が4,005件(14.1%)含まれていた。これらの入院患者の中で2,117件(7.5%)が院内で亡くなっていた。
分析の結果、2020年時点でのパンデミックによって、ACSCsのうち急性疾患(胃腸炎や脱水のような急性発症の疾患)による院内死亡率が、2019年以前と比較して71%(95%信頼区間:16–154)上昇した。また、患者が病院に到着してから24時間以内の院内死亡率が87%(95%信頼区間: 19–196)上昇した。この院内死亡率の上昇は、入院数の減少だけではなく、急性疾患を中心とした院内死亡数の増加に起因していた。
24時間以内院内死亡では、急性胃腸炎・脱水・細菌性肺炎が増加
この結果は、患者の入院時点での年齢、性別、合併症指標を統計的に調整した後も同様の傾向を認めた。また、24時間以内院内死亡例の入院病名を比較すると、急性胃腸炎や脱水、細菌性肺炎の割合が増加していた。ACSCsの中で慢性疾患(うっ血性心不全や喘息のような長期管理が必要な疾患)による入院では死亡率や死亡数の変化が明らかではなかったとしている。
受診控えや発熱で医療機関にかかれなかった結果、院内死亡数増加の可能性
適切な外来診療によって入院を防ぎ得るとされているACSCsにも関わらず、2020年4月以降に急性疾患患者を中心に院内死亡数の増加を認めたことは、パンデミック期間中に患者が適切なタイミングで質の担保された外来医療にアクセスできていなかった可能性を示唆している。
具体的なメカニズムとしては、先行研究で指摘されているように「患者がCOVID-19に感染することを恐れて医療機関への受診を控え、病状が悪化してしまった可能性」がある。加えて、2020年時点で行政は発熱患者に対して、直接医療機関に受診するのではなく、保健所に連絡を取り、疫学的調査やPCRテストを受けることを推奨していた。その結果、保健所への電話はつながりにくくなり、厳しいPCRテストの適応条件(COVID19患者との濃厚接触歴、発熱の持続、呼吸苦、2週間以内の流行地域への旅行など)も相まって、多くの発熱患者が医療機関にかかれずに自宅で療養していたと考えられる。そのような外来医療へのアクセスの低下が、患者の重症化を招き、院内死亡数の増加につながった可能性がある。
流行中の疾患と同様の症状が起こり得る患者に対し、医療アクセスを担保する対策が必要
また、パンデミック期間中に救急搬送先の病院を探す時間が長くかかっていたことも報告されており、入院医療へのアクセスも低下していた可能性がある。加えて、日本においてパンデミック初期の急性心筋梗塞や腹部緊急手術の成績を調べた研究では質が保たれていたことが報告されており、発熱患者のようにCOVID-19に類似した症状を呈している患者に対する入院医療の質やアクセスが特に低下していた可能性がある。
「COVID-19パンデミックのような公衆衛生危機においては、流行している疾患と同様の症状を来し得る疾患の患者に対して、医療へのアクセスを担保する対策が必要だ」と、研究グループは述べている。
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・東京大学 プレスリリース