創薬や疾患解明への貢献が期待できるヒトiPS細胞由来心筋細胞、既存の培養法に課題
慶應義塾大学は6月20日、ブタの心臓から抽出したコラーゲンを用いることにより、成熟したヒト人工心筋組織を作製することに成功したと発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(循環器)の遠山周吾専任講師、小林英司客員教授、医学部・医学研究科心臓病未来治療学共同研究講座の谷英典特任助教、株式会社ニッピらの研究グループによるもの。研究成果は、「Biomaterials」に掲載されている。
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ヒトiPS細胞由来心筋細胞は複数種のイオンチャンネルを発現するため、従来の動物細胞を用いた前臨床試験では十分に心毒性(心臓に悪影響を及ぼす毒性)評価ができずに偽陽性になっていた薬物についても正確に評価できる可能性を秘めている。また、ヒトの生体内の心筋細胞を生検などで採取してくる必要がなく心筋細胞の利用が可能となることから、創薬や疾患解明への応用が大きく期待されている。
一方、既存の二次元培養系におけるヒトiPS細胞由来心筋細胞には依然として非心筋細胞や異なるタイプの心筋細胞の混入、ロット間のばらつき、胎児期相当の未熟な細胞であるといった課題が残っている。研究グループはこうした課題を克服すべく、Engineered Heart Tissue(EHT)という三次元に配列化した人工心筋組織作製法に、独自の大量心筋作製法や臓器由来の細胞外基質を組み合わせることで、成熟度の高いヒトiPS細胞由来人工心筋組織を作製し、新たな創薬研究での活用や、心毒性評価ツールの確立を目的とした。
細胞外基質としてブタの心臓由来のコラーゲン使用、組織の形状が長期間維持
組織作製においては細胞外基質が組織の成熟化を促進することが報告されているが、その機序は明らかではなく、適正な細胞外基質の添加条件はいまだ明らかではない。研究グループはこれまでに臓器特異的線維芽細胞が存在し、それが分泌する臓器特異的細胞外基質が組織前駆細胞の分化・成熟を促し臓器発生に関わるという仮説を立て、今回の研究において細胞外基質の中でも最も重要な構成成分である線維性コラーゲンに着目し、ブタの臓器由来のコラーゲンを用いて、比較検討を行った。
人工心筋組織は2つのピラー間で収縮弛緩する微小な心臓の組織であり、シリコンモールド内でヒトiPS細胞由来心筋細胞とマトリゲル、フィブリノゲン、トロンビン、コラーゲンなどの細胞外基質を混和培養して作製する。この実験系ではライブセルイメージングシステムにより人工心筋組織の収縮力を測定することができる。一般的に、臓器再生に用いるコラーゲンは、皮膚由来のものや、純化したI型コラーゲンが用いられるが、研究グループは今回ブタのさまざまな臓器(心臓、腎臓、脾臓、肝臓、肺、皮膚)からコラーゲンを抽出し、これらを組み合わせたものを用い3次元心筋組織化の適正条件を検討した。
その結果、心臓由来のコラーゲンを用いたヒト心筋組織が他臓器のコラーゲンを用いた場合よりも組織の形状は長期間維持されることがわかった。また、経時的に収縮力を比較したところ、心臓由来コラーゲンを用いたヒト心筋組織は他臓器由来コラーゲンを用いたヒト心筋組織より強い収縮力を示した。こうしたコラーゲンの違いの機序に迫るべくコラーゲンの線維形成能を比較したところ、心臓、腎臓、脾臓のコラーゲンは肝臓、肺、皮膚のコラーゲンと比較して線維形成アッセイで濁度が低く、細い線維を形成していることがわかった。さらにこのような違いが生まれる原因としてはコラーゲンの組成の違いが重要であることがわかり、心臓、特にその中でも左心室に含まれるコラーゲンは他臓器と比較して明らかにIII型、V型コラーゲンの比率が(I型コラーゲンと比較して)多いことがわかった。
皮膚由来と心臓由来のコラーゲンを比較、心臓由来の方がより成熟化した心筋組織を形成
次に、コラーゲンの組成分布や今回の線維形成能が離れており、一般に最も再生医療の場で用いられることが多い皮膚由来コラーゲンと心臓由来コラーゲンを用いたヒト心筋組織の成熟度の評価を、コラーゲンを含まない非含有のヒト心筋組織と比較して行った。
まずはqRT-PCRの遺伝子解析において、心臓由来コラーゲンを用いたヒト心筋組織(心臓コラーゲン心筋組織)では心筋関連やチャネル関連などの成熟に関連する遺伝子の発現が上昇することを確認した。さらに網羅的遺伝子発現解析では、こうした成熟化の促進が機械的刺激に伴う経路や各種イオンチャネル関連、心臓発達に関わる経路の変化も伴っていることがわかった。また、電子顕微鏡で心筋筋節の構造を比較すると、心臓コラーゲン心筋組織でははっきりとしたZ線、A帯、I帯、H帯の形成を伴う横紋構造の成熟化を認め、細かい筋原線維のレベルで成熟が促されていることがわかった。フラックスアナライザーを用いた細胞代謝機能解析では、心臓コラーゲン心筋組織においてミトコンドリア呼吸機能が高いことがわかった。こうした結果から心臓由来コラーゲンは皮膚由来コラーゲンよりも構造的、機能的に成熟化を促進することが示唆された。
拡張・収縮の計測と遺伝子発現から、コラーゲン型別のバランスも重要であると判明
さらに、コラーゲン型の違いに着目し心臓から抽出したコラーゲン全体を用いたヒト心筋組織を、純化した型別のコラーゲン(I型、III型、V型コラーゲン)のみを用いたヒト心筋組織と比較検討した。収縮、拡張の計測では、収縮能を示唆する収縮距離がI型コラーゲンを用いたヒト心筋組織で大きくなり、拡張能を示唆する拡張時間/収縮時間の比率がIII型コラーゲンを用いたヒト心筋組織で小さくなることがわかった(一般的に拡張時間/収縮時間の比率は小さいほど拡張能が良い)。一方でqRT-PCRにおいて遺伝子発現を比較すると型別のコラーゲンを用いたヒト心筋組織よりもコラーゲン全体を用いたヒト心筋組織での成熟が良い傾向が示された。これらの結果から、収縮に強いI型コラーゲンと拡張に強いIII型コラーゲンのバランスが成熟化には重要であることが示唆された。
最後に、皮膚由来のI型、III型コラーゲンを用いたヒト心筋組織と、これらを混ぜ合わせたヒト心筋組織、さらに心臓由来のIII型、Ⅴ型コラーゲンを添加したコラーゲンを用いたヒト心筋組織とで遺伝子発現の比較を行った。その結果、皮膚のコラーゲンにおいてもコラーゲン組成を調整して心臓コラーゲンの比率に合わせてI型コラーゲンとIII型コラーゲンを添加することで成熟化が促進されることが確認できた。心臓由来のIII型、Ⅴ型コラーゲンの添加も成熟化を促進した。一方で、コラーゲン比率を揃えても皮膚コラーゲンは心臓コラーゲンに及ばないことから、臓器ごとの特性も何らかの重要な役割を持つことが示唆された。
成熟化したヒトiPS細胞由来心筋組織、創薬や疾患モデルの研究への応用に期待
今回の研究の成果により、ブタ心臓から抽出したコラーゲンの添加がヒト人工心筋組織の構造的、機能的な成熟化を促進することが明らかになった。さらにはこうした成熟化の機序にはコラーゲンの線維としての特性や、コラーゲン型の含有比率が重要な役割を持つことが明らかになった。「今回の発見は、これまで開発してきた他の成熟化の手法や薬物添加との併用も可能であり、成熟化したヒトiPS細胞由来心筋組織として創薬や疾患モデルの研究に応用されることが期待される。さらに、こうした組織・臓器の分化・成熟に関する知見は、今後他臓器の分化・成熟誘導、臓器作製研究への応用も期待される」と、研究グループは述べている。
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