思春期特発性側弯症とBMIの遺伝的な因果関係の有無を解析
理化学研究所(理研)は6月20日、大規模な日本人集団の遺伝子多型データに基づき、思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis: AIS)の発症と肥満の指標であるBMIが遺伝的に負の因果関係にあることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チームの大伴直央大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時慶應義塾大学医学部 医学研究科後期博士課程4年、現理研客員研究員)、寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)と慶應義塾大学医学部 整形外科学教室を中心とした日本側彎症臨床学術研究グループの共同研究によるもの。研究成果は、「Frontiers in endocrinology」オンライン版に掲載されている。
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側弯症とは、脊椎が3次元的にねじれて体幹に変形を来す疾患。多くの場合は原因が特定できないため「特発性側弯症」と呼ばれ、発症時期などにより3タイプに分けられている。そのうち、最も発症頻度の高いものが10歳以降の主に女児に見られる「思春期特発性側弯症」で、全世界の人口の2~3%の割合で発症する。その割合は日本人においても同様であり、側弯の学校検診が学校保健法で義務づけられている。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害が生じ、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼす。重度のAISの治療には、脊椎の可動性が制限される脊椎矯正固定術しかないことから、発症の病態解明が急がれている。
AISは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝疾患。研究グループはこれまで、ゲノムワイド関連解析(GWAS)によりAISに関連する疾患感受性遺伝子や遺伝子多型を世界に先駆けて報告してきた。AISが肥満の指標のBMIと関連することが、これまでのGWASや疫学研究から報告されていたが、直接の因果関係は不明だった。近年、遺伝的な因果関係を解析する遺伝統計学の手法が開発されたことから、今回の研究では同手法を用いて、AISとBMIの遺伝的な因果関係の有無を解析することにした。
世界最大規模のAISコホートを用いてAISとBMIが遺伝的に負の因果関係にあることを証明
研究グループは、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の渡邉航太准教授を中心とする側弯症の専門医集団である日本側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準を用いて、これまで日本人の6,000例を超える検体とその臨床情報を収集してきた。これは、AISの研究コホートとしては世界最大規模となる。
まず、このAISコホートを用いたGWAS研究の結果と、バイオバンク・ジャパンが保有する日本人約16万人のデータを用いたBMIに関するGWAS結果を使用し、「メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)」という手法により、遺伝的な因果関係を解析した。AISおよびBMIのそれぞれのGWAS研究でゲノムワイド有意水準(p< 5.0×10-8)を満たした一塩基多型(SNP)を使用してMR解析を行った結果、AISとBMIは遺伝的に負の因果関係にあることが証明された。
太りにくい遺伝的因子を持つ人はAISの発症リスク「高」
この結果は、太りにくい遺伝的因子を持つ人(原因)はAISの発症リスクが高いこと(結果)を意味する。一方で、AISを発症しやすい遺伝的因子を持つ人(原因)が必ずしも太りにくいわけではないこと(結果)が証明された。つまり、遺伝的に太りにくい体質という原因によってAISの発症リスクが高くなるという因果関係が初めて証明された。このことは、GWAS研究や疫学研究で報告されているAISとBMIの関係とも一致している。
AISの発症頻度には人種差はないとされている。欧米人のAISおよびBMIのGWASデータを使用してMR解析を行ったところ、日本人のMR解析の結果と同様の傾向が得られた。ただし、欧米人のデータでは、p<0.05を満たさず統計学的に有意な結果にはならなかった。しかし、これは単に欧米人AISコホートのサンプルサイズが小さいことに起因することが、検出力計算で証明された。
欧米人小児や多人種のBMIコホートでも同様の傾向
今回の研究で用いた側弯症の日本人コホートは世界最大規模だが、BMIのデータは欧米人、欧米人小児、多人種(アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系米国人などを含む)のコホートなど豊富に存在する。しかし、このMR解析は人種間では遺伝的構造が異なるため、異なる人種同士を用いて解析することは推奨されていない。そこで、日本人のAISと欧米人のBMIのGWAS解析の要約統計量を使用して、AISとBMIの遺伝的背景を比較した。
その結果、BMIにより強く関連するSNPは、AISとBMIのコホート間で負の相関関係にあることが判明した。一方で、AISの発症に関連するSNPは、AISとBMIのコホート間で相関関係は見られなかった。この結果は、欧米人小児や多人種のBMIコホートでも同様の傾向が認められたことから、上記のMR解析の結果を裏づけるものと考えられる。
AISの発症メカニズム解明に期待
今回の研究結果を手掛かりにBMIに関連する因子(筋肉量など)とAISとの関係を明らかにしていくことで、AISの発症メカニズムの解明に近づくことが期待される。また、共同研究グループによる疫学研究を継続し、AISと関連のあるBMI以外の因子を同定することで、AISと遺伝的に因果関係を持つ多くの因子が明らかになるものと思われる。
「日本人や欧米人以外のAISとBMIの因果関係を明らかにすることで、人種共通もしくは人種特異的な要因も明らかになると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース