自覚症状が乏しい頚髄症、診断までに悪化することが多い
東京医科歯科大学は6月6日、スマートフォンを使用した頚髄症の疾患スクリーニングおよび重症度推定の可能性を示したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科運動器機能形態学講座の藤田浩二講師、井原拓哉助教、慶應義塾大学理工学部情報工学科の杉浦裕太准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Digital Health」にオンライン掲載されている。
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頚髄症は、しびれや疼痛、巧緻性・歩行の障害などを引き起こす進行性の疾患であり、疾患の悪化とともに日常生活に大きな支障をきたす。頚髄症は専門医の診察とMRI検査により診断されるが、疾患初期には自覚症状が乏しいことや診察に専門的な知識を要することから、専門医による診断までに時間が経過し、病気が悪化してしまうことが多く、さらに重症化した頚髄症に対して手術を行っても予後が良くないという課題がある。そこで、適切な時期に適切な介入を施すために、頚髄症の早期発見を目的とした簡便で精度の高いスクリーニング手法を確立し、重症化する前に病気をスクリーニングすることが望まれている。
スマホ撮影で手指の21部位の位置を推定、特徴的な指の動きを取得
今回の研究では、頚髄症患者に特徴的な指の動きである「ミエロパチーハンド」に着目し、手指の開閉を10秒間に可能な限り速く繰り返す検査である10秒テストを解析した。従来、10秒テストでは、10秒間に開閉できた回数のみに着目しており、テスト中の指の細かな動きはテスト結果に反映されていなかった。しかし指の細かな動きにこそ疾患特有の動きが含まれており、これを解析することで、より精度良く頚髄症の有無を判別できると考えた。さらに研究グループは、専門的な機器や経験値によらず、簡便にスクリーニングを達成するために、一般的なスマートフォンで撮影可能な動画からデータの取得を行うことを考えた。具体的には、前述の10秒テストをスマートフォンで撮影し、録画した動画からMediaPipe Hands(Google社が開発した、AIを用いて任意の画像中から手指の21部位の位置を推定する技術)を用いて、手指の関節の位置を推定することで、10秒テスト中の特徴的な指の動きを取得することにした。疾患の有無の判別には、精度の一層の向上のために機械学習の手法を採用した。さらに質問票を用いて疾患の重症度に関する情報を収集し、この質問票の点数の予測も行った。
別の特殊な機器よりも頚髄症患者を精度よく判別することが可能
上記手法を用いて疾患の有無を判別した結果、頚髄症患者22名、頚髄症がない被験者17名を対象とし、感度90.9%、特異度88.2%、AUC 0.93という非常に良好な結果を得た。さらに、疾患の重症度の予測に関しても相関係数0.67-0.79という良好な結果を得た。過去に同グループが特殊な機器を用いて行った報告の判別精度(感度84%、特異度60.7%、AUC 0.85)よりも、簡便な機器でさらに高い精度で判別することが可能となった。
誰にでも手の届くツール、手の運動に変化を示す他の疾患への応用も期待
今回の研究は、正確で簡便な頚髄症のスクリーニング手法の確立を目指して行われた。10秒テストは特殊な知識を必要とせず、スマートフォン動画は特殊なデバイスを必要としない。さらにMediaPipe Handsと機械学習は、システムを構築すればクラウド上で情報処理を行うことも可能であり、スマートフォン1台でスクリーニングを完結することも可能である。また、研究結果である疾患の有無の判別精度も非常に良好であり、重症度の推定も今後精度を高めていくことで十分実利用可能になると期待される。
「今後、本システムが社会実装されれば、専門医の診断に依存することなく、地域の非専門医のみならず患者自身が日常生活空間で頚髄症のスクリーニングを行うことが可能になる。誰にでも手の届くツールができることで、当初の目的である頚髄症の重症化前のスクリーニングを達成でき、必要な時期に必要な医療を提供する機会の創出につながる。さらに症状悪化後の治療を減らすことによる医療費の削減にも寄与できる。また、本手法は手の運動に特徴的な変化をもたらす他の疾患にも応用できる可能性があり、頚髄症に限らない簡便で正確なツールとして幅広い医療への貢献が見込まれる」と、研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース