NF2遺伝子の変異により聴神経腫瘍を生じる疾患、変異タイプで臨床経過が異なる
慶應義塾大学は6月2日、希少な遺伝性疾患である、神経線維腫症II型(NF2)の日本人14症例の、病気の原因となる遺伝子の状態(変異)を解析し、その結果と患者の臨床経過について、比較検討を行なったと発表した。この研究は、東京医療センター臨床研究センター聴覚・平衡覚研究部の松永達雄部長、慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室の大石直樹准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
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ヒトの体を構成する細胞のタンパク質は、遺伝子という設計図を元に作られている。遺伝子の情報に個体間で違いが生じた状態を変異といい、遺伝子に変異が存在すると、生成の途中で破棄されてタンパク質が作られなくなったり、通常とは異なったタンパク質が生成されたりする。今回の研究で解析したNF2遺伝子は、Merlinというタンパク質の設計図となっており、Merlinは細胞内の情報の伝達に関わり、正常なMerlinは腫瘍の発生を抑制する働きがあると言われている。NF2遺伝子に変異が起こると、音の情報を耳から脳に届ける聴神経に、左右両側ともに腫瘍を生じて聞こえが悪くなったり、その他にも脳や脊髄の神経に腫瘍が多発したり、若くして白内障を発症したりする、神経線維腫症II型(NF2)という疾患が起こることが知られている。
NF2は病気を有している人の割合が、人口5~6万人に1人程度とまれな疾患で、NF2遺伝子の変異のタイプと病気の重症度に関連性があることが知られている。遺伝子の変異のタイプには、タンパク質が生成過程で破棄されてしまい、結果的に作られなくなる変異(truncating変異)と、通常とは異なったタンパク質が作られる変異(non-truncating変異)があり、両者を比べるとtruncating変異を持った症例の方が、重症化しやすいと言われている。また遺伝子の変異が体中の細胞に存在している方が、体の一部の細胞に限定して存在しているよりも重症化しやすいと言われている。なお、変異が一部の細胞に限定して存在していた場合は、体の多くの組織から細胞を集めなければ、その変異のタイプを特定できない(not detected)ことがある。
日本人14症例のNF2遺伝子変異タイプと、発症年齢・腫瘍大・聴力の経過等との関連を検討
希少な疾患で症例数が限られていることもあり、変異のタイプと病気の重症度に関する報告は欧米からのものが大半で、日本やアジアからの報告はほとんどなく、特に聴力の経過について詳細に報告したものはなかった。そのため、今回日本人14症例の血液の細胞から取り出したNF2遺伝子を解析し、変異のタイプを調べ、発症年齢や腫瘍の大きさなどの他、特に聴力の経過との関連性について詳細に検討した。なお、症例の経過については、腫瘍への手術や放射線などの治療の影響を排除するため、無治療の期間中の経過を対象とした。
NF2遺伝子変異タイプ、腫瘍体積や聴力とは関連しないが発症年齢とは有意に関連
14症例のNF2遺伝子の解析を行ったところ、変異のタイプは14例中7例でtruncating変異、3例でnon-truncating変異が見つかり、残りの4例では病気の原因となりそうな変異は見つからなかった(not detected)。この3つにグループ分けして年齢分布を調べると、グループ間で統計学的に有意な差を認めた。特にtruncating変異のグループでは、全例が20歳未満での発症となっており、発症年齢については遺伝子のタイプとの関連性が認められた。一方、腫瘍の体積や、聴力に関しては、変異のタイプに応じた一定の傾向は認められなかった。また左右両方の腫瘍の体積や聴力経過を追えた症例において、左右の経過を比較した場合に、非対称的となっている症例もあった。
遺伝的因子以外に、個別の腫瘍ごとに大きさや聴力に影響を与える因子が存在する可能性
今回の報告では、無治療で経過中の聴力については、変異のタイプごとに一定の傾向は認められなかった。また同一の症例であっても、左右の経過が対称的とはなっていない場合もあることから、個別の腫瘍ごとに遺伝的な因子以外にも、大きさや聴力に影響を与える因子が存在し、病気の重症度に影響している可能性が考えられた。それらの因子を究明することで、患者の聴力の予測や、新たな治療のターゲットの模索につながると考えられる。「NF2は希少で不明な点も多い疾患だが、今回の報告が難聴の病態解明の一助になることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース