がん細胞そのものを用いたワクチン、ごく一部のみが効くメカニズムは?
北海道大学は6月1日、有効ながん細胞ワクチンの効果を示すメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大遺伝子病制御研究所の和田はるか准教授、清野研一郎教授、同大学大学院医学院博士課程の梶原ナビール氏の研究グループによるもの。研究成果は、「OncoImmunology誌」に掲載されている。
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がん免疫療法の1つとして、ワクチン療法が知られている。ワクチン療法にはさまざまな種類があり、がん細胞が高発現するタンパク質やがん細胞で変異しているタンパク質の一部をワクチン抗原として用いる方法(ペプチドワクチン療法)、抗原提示細胞である樹状細胞を用いる方法(樹状細胞ワクチン療法)、がん細胞そのものを用いる方法(がん細胞ワクチン療法)などが挙げられる。しかし、例えば、ペプチドワクチンは患者のHLA型次第では適用できないケースがあること、すでに特定された抗原しか利用できないこと等の制約があり、どのような患者にも適用可能なワクチンの開発が待ち望まれている。
さまざまな患者に適用できる可能性のあるワクチンとして、がん細胞ワクチンがある。がん細胞そのものを用いるがん細胞ワクチン療法は、がん細胞を得ることができれば理論上ほぼ全ての患者に適用できる治療法となりうることから、期待されていた。しかし、ごく一部の例を除き、ほとんどの例で有効性が見られなかった。また、有効性が見られた場合であっても、そのメカニズムは不明だった。
高いワクチン効果を示すマウスがん細胞株と、効果を示さない細胞株とを比較解析
そこで研究グループは、マウスがん細胞株で非常に高いワクチン効果を示すものが複数存在することに着目。ワクチン効果を示さない複数のがん細胞株と比較解析を行うことで、ワクチンが効くメカニズムを解明できるのではないかと考え、研究に取り組んだ。
研究グループは、研究の鍵として、高いワクチン効果をもつ4T1-S(4T1-Sapporo、マウス乳がん細胞株)の発見を挙げている。この細胞株には元となった細胞株(親株)、4T1-A(4T1-ATCC)が存在し、この株を用いてワクチン実験をすると、この細胞株は効果をほとんど示さないことがわかった。研究グループは、これらのがん細胞の差異を見出すことで、がん細胞ワクチンが効くメカニズムの解明につながるのではないかと考えた。後の調査で、4T1-S、4T1-Aの他にもワクチン効果を示すがん細胞株としてMCA-205(マウス線維肉腫)、CT26(マウス大腸がん)、ワクチン効果を示さないがん細胞株として3LL(マウス肺がん)、B16(マウス悪性黒色腫)が存在することがわかった。そのため、これらのがん細胞も含め解析した。
効果あり細胞は自然免疫系遺伝子の発現が増加、効果なし細胞に遺伝子導入で効果ありに
今回の一連のワクチン実験では、がん細胞にX線を照射したものをワクチンとして用いた。各がん細胞をX線照射した後に遺伝子発現を解析。その結果、自然免疫に関与する複数の遺伝子が発現増加していることを見出した。そこで、発現の高い3つの遺伝子、Irf7、Ifi44、Usp18を、ワクチン効果のないがん細胞株である4T1-AやCT26に導入しワクチン実験を行うと、ワクチン効果が得られることが判明した。
また、ワクチン効果が生じるメカニズムを明らかにするために、ワクチン後のマウスリンパ節細胞に対し1細胞RNAシーケンシング解析(single cell RNA-seq:scRNA-seq)を実施。ワクチン効果のある4T1-Sを接種したマウスリンパ節細胞と、4T1-Aを接種したマウスリンパ節細胞を比較した結果、4T1-Sを接種したマウスリンパ節ではインターフェロン-γ産生B細胞が増加していることがわかった。
B細胞、がん細胞ワクチン効果発揮に重要な役割
この細胞が本当にワクチン効果の発揮に重要かを調べるため、マウスにB細胞に対する抗体を投与して、B細胞をマウスの体内から消去した後、4T1-S細胞ワクチンを投与する実験を行った。その2週間後、生きた4T1-S細胞を接種し、腫瘍が生じるかどうか、つまり、ワクチン効果が見られるかどうかを観察した。その結果、実験した全マウスから腫瘍が生じた。これはつまり、4T1-S細胞からワクチン効果が失われたことを意味する。このことから、B細胞がワクチン効果の発揮に重要な役割を担っていることがわかった。
今回のマウスがん細胞を用いて行われた研究結果は、ワクチン効果が見込めないタイプのがん細胞であってもIrf7、Ifi44、Usp18といった遺伝子を導入した上でワクチン接種を行えば、がんの再発予防効果が見込める可能性があることを示している。また、がん細胞ワクチン効果の発揮のためにはB細胞が重要であることも解明された。
実用化に向け、ヒトがん細胞株や患者検体を用いた研究へ
がん細胞ワクチン療法は、ほぼ全ての患者に適用することができる可能性を秘めたがん免疫療法の1つであり、開発の意義は大変大きいと考えられる。しかし、これまではがん細胞ワクチン療法はほぼ無効と考えられ、研究は停滞していた。そのような中、今回の研究成果はがん細胞ワクチン療法開発の端緒となり、今後のがん細胞ワクチンの開発に貢献するものと期待される。今回の研究成果は、マウスを用いて行われた実験によるものだ。今後、実用化に向けてはヒトのがん細胞株を用いた実験や、患者検体を用いた研究を慎重に重ねる必要がある、と研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース