新型コロナ後遺症で見られる脳神経症状、発症メカニズムは不明
東京慈恵会医科大学は5月29日、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部であるS1タンパク質が鼻腔内で発現するだけで、新型コロナ後遺症の脳神経症状が生じることを発見したと発表した。この研究は、同大ウイルス学講座の近藤一博教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。
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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化や死亡者は減少しているが、COVID-19の後遺症(以下、新型コロナ後遺症)が増加している。特に問題となっているのは、勤労の妨げや生活の質の低下に直結する脳内炎症や倦怠感などの脳神経関連の症状だ。通常のウイルスにおいて、このような症状はウイルスが脳で増殖することにより生じる。しかし、新型コロナウイルス(以下、SARS-CoV-2)は脳で増殖するという明確な証拠がないために、脳内炎症や倦怠感が生じる原因が不明で、治療法もわかっていない。
スパイクタンパク質利用の経鼻ワクチン、倦怠感などの副反応で開発が難航
SARS-CoV-2感染防止のためには、感染予防効果が高く、副反応の少ない次世代新型コロナワクチンの開発が進められている。その有力候補として期待されているのが、鼻からワクチンを投与する経鼻ワクチンだ。しかし、現行のワクチン抗原であるスパイクタンパク質を利用した経鼻ワクチンは、倦怠感などの副反応が強いとされ、期待どおりに開発は進んでいない。
S1タンパク質導入マウスは、「新型コロナ後遺症モデルマウス」になった
従来のSARS-CoV-2を感染させた動物モデルでは感染動物が短期間で死亡するために、新型コロナ後遺症の症状を呈するモデル動物を作製することはできなかった。そこで研究グループは、SARS-CoV-2のタンパク質を発現するアデノウイルスベクターを鼻腔内に投与することで、新型コロナ後遺症の症状を現すモデルマウスを作製することを試みた。その結果、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のS1領域のタンパク質を導入したマウス(S1マウス)が、倦怠感の指標である重り付き強制水泳時間の短縮と、うつ症状の指標である尾懸垂試験における無動時間の延長を呈した。そのため、S1マウスが新型コロナ後遺症の倦怠感とうつ症状のモデルマウスとなると考えられた。
後遺症マウス脳機能解析で、アセチルコリン産生細胞の減少を確認
次に、新型コロナ後遺症の発症機構を解明するために、S1マウスの脳機能異常について調べた。その結果、嗅覚障害の原因となり得る嗅球細胞のアポトーシス増加や、倦怠感・うつ症状の原因となる脳の炎症(炎症性サイトカインIL-6の産生亢進)が見られることが判明した。これらの機能障害が生じる原因を明らかにするために脳の神経伝達物質を検討。内側中隔野や対角帯と呼ばれる、本来アセチルコリン産生が活発な部位でアセチルコリン産生細胞が減少していることがわかった。
アセチルコリンは、コリン作動性抗炎症反応と呼ばれる作用を通じて、脳や末梢臓器の炎症を抑制することが知られている。このことから研究グループは、新型コロナ後遺症で見られる倦怠感やうつ症状は、脳内のアセチルコリンが不足することで脳内炎症が抑えられないために生じるのではないかと考えた。
脳内アセチルコリン分解阻害薬ドネペジル投与で倦怠感・うつ症状を改善、臨床治験実施中
続いて、アセチルコリンの分解を阻害して、脳内のアセチルコリン濃度を上昇させる働きを持つ認知症治療薬ドネペジル(商品名:アリセプト)を、S1マウスに投与。新型コロナ後遺症の倦怠感やうつ症状が脳内のアセチルコリン不足による脳内炎症によるという仮説を証明し、この仮説に基づく治療法を開発することを目的とした。
ドネペジルの投与量は動物実験での標準的な量である体重1Kgあたり4mgを1週間、飲水に混ぜて与えた。この結果、脳内のL-6産生亢進は、ドネペジル投与によって解消。また、倦怠感の指標である水泳時間の短縮や、うつ症状の指標である無動時間の延長も認められなくなったという。
なお、今回の研究成果をもとに、現在、AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の支援の基、横浜市立大学、聖マリアンナ医科大学、慈恵医大などの共同研究で、ドネペジルの臨床治験を実施している。
新型コロナ後遺症、鼻腔内でのS1タンパク質発現が一因となり得る
今回の研究結果は、新型コロナ後遺症の原因が脳内のアセチルコリン不足による脳内炎症であることを示している。また、この現象がドネペジルの投与によって治療可能であることを示すものと考えられる。
同研究により、鼻腔内でS1タンパク質が発現すると脳内炎症や新型コロナ後遺症の原因となり得ることがわかった。スパイクタンパク質を利用する経鼻ワクチンは、これと同様の危険性を含んでいると考えられるとしている。今回の研究では、スパイクタンパク質がどのようなメカニズムで脳内炎症や新型コロナ後遺症を引き起こすことも明らかにしているため、この成果を利用して、スパイクタンパク質の病原性を取り除くことにより、安全性の高い経鼻ワクチンの開発が可能になると考えられる、と研究グループは述べている。
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・東京慈恵会医科大学 プレスリリース