日本を含む35か国データを用い、因果推論で引退と心疾患リスクの関連を調査
京都大学は5月29日、日本を含む35か国の50~70歳の10万6,927人を約6.7年追跡し、引退と心疾患リスクの関連を調査した結果、引退した人は働き続けている人よりも心疾患リスクが2.2%ポイント低いことを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科佐藤豪竜助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Epidemiology」にオンライン掲載されている。
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多くの既存研究は、高齢者の就労継続が健康に良いことを示唆していた。特に心疾患は高齢者の主な死因の一つだが、ヨーロッパの研究は就労継続が心疾患リスクを下げる傾向を示す一方、米国の研究では就労継続と心疾患リスクの間に明確な関連は見られず、これまで一貫した結果がなかった。このような結果のばらつきの背景には、調査が行われた国の違いや用いられた統計手法の違いがある可能性がある。また、既存研究では、もともと健康な人ほど就労継続しやすいというバイアスが十分に考慮されていない可能性がある。
そこで研究グループは今回、日本を含む35か国のデータを使用し、因果推論の手法を用いて、引退が心疾患とそのリスク要因に与える影響を調べた。
引退者は心疾患リスク・身体不活動リスク「低」、女性は引退と喫煙率低下に関連も
研究では、35か国の50~70歳の10万6,927人を約6.7年追跡したデータを分析。米国の「Health and Retirement Study」と、日本、欧州諸国、メキシコ、コスタリカ、中国、韓国でそれぞれ行われた姉妹調査のデータを統合して分析を行った。日本に関しては「Japanese Study of Aging and Retirement」のデータを用いた。また、健康な人ほど就労継続しやすいというバイアスを取り除くため、操作変数法と呼ばれる因果推論の手法を用いた。さらに固定効果によって、個人の性別や遺伝子、各国の医療制度や労働市場の違い、社会・経済状況の時系列トレンドなど、観察できないさまざまな要因の影響も考慮した。
分析の結果、引退した人は、働き続けている人よりも心疾患リスクが2.2%ポイント低いことが初めて明らかになった。また、引退した人は、身体不活動(中高強度の運動の頻度が週1回未満)のリスクが3.0%ポイント低いことも示された。男女ともに引退と心疾患リスク低下の関連が確認されたが、女性の間では引退と喫煙率の低下の関連も観察された。教育年数が高い人の間では、引退した人の方が脳卒中や肥満、身体不活動のリスクが低いことが判明した。さらに、デスクワークだった人の間では、引退した人の方が心疾患や肥満、身体不活動のリスクが低い傾向にあったが、肉体労働者の間では引退した人の方が、肥満リスクが高い傾向にあった。
高齢者が働き続けられる環境整備と同時に運動などの健康づくりも重要
現在、各国で年金支給開始年齢の引き上げや高齢者の就労継続支援が行われているが、今回の研究結果により、引退の遅れが必ずしも健康には良くないことが示唆された。
研究グループは「この結果は、引退によって仕事のストレスから解放されることや、運動する時間が増えることと整合的だ。ただ、意欲のある高齢者が働き続けることを否定するつもりはない。高齢化が進展する中で、高齢者が働き続けられる環境を整備することは重要だが、同時に、運動などの健康づくりも大切になってくると考える」と、述べている。
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