ドラム演奏の長所を用いて、認知症高齢者の上肢運動機能測定法を開発
東京大学先端科学技術研究センターは5月25日、認知症患者がグループでドラムを叩いている時の腕の動きにより、上肢の運動機能評価ができる方法を開発したと発表した。この研究は、同研究センター身体情報学分野の宮﨑敦子特任研究員と檜山敦特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Rehabilitation Sciences」に掲載されている。
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これまで、上肢の運動機能の低下は認知機能の低下や認知症と関連することが報告されている。しかし認知症がある場合、認知機能の低下やその中核症状である失行(運動麻痺がなくても生じる運動機能障害)により、運動の計測に必要な課題を正しく行うことが難しくなるため、臨床の場で機能評価をすることが困難だ。したがって、認知症があっても可能で、失行の影響を受けない運動機能を評価する方法を開発する必要がある。
また、今回の研究では、「計測した運動機能が、認知症の重症度に関係があるか」を確認した。認知症に関連する運動障害を特定する利点は、間接的ではあるが簡便な方法で認知症の重症度を判定することが可能になるという点にある。現在、簡便な認知症スクリーニングは「神経心理学的検査」が使用されている。しかし、認知症を患っていない人の多くは認知症検査を抵抗なく受ける反面、認知症が重度の人ほど検査の必要性を理解しにくく、拒否する傾向がある。また、視覚・聴覚障害があると正しい得点が得られない場合がある。認知症スクリーニングにおける患者レベルの障壁を減らすには評価方法のバリエーションを増やすことが重要で、これはパーソンセンタード・アプローチにつながる。つまり、認知症患者の認知機能状態を安全で簡便にモニターすることは、認知機能低下の早期発見に貢献するだけでなく、症状の重い患者に人道的かつ尊厳をもって対応することが可能になる。
リズム反応運動は、重度の認知症になっても維持される能力だ。ドラムを叩くことで生じるリズムを知覚することで、他人の模倣ができ、少しの合図でも自分が今何をするべきかを理解できる。また、認知症の重症度に応じて肩の筋肉を使う動きが難しくなり、腕の挙上が難しくなる。腕を上げるためには上腕二頭筋を使うが、ドラムを叩く場合、ドラムスティックがドラムから跳ね返るため、簡単に自分の腕を何度でも上げることができる。研究グループは今回、このようなドラム演奏の長所を用いて、認知症高齢者の上肢運動機能を測定するための新しい方法を開発した。
ウェアラブルセンサで、ドラム演奏中の腕の振りの速さと腕の挙上角度の平均値を抽出
上肢運動機能は、特別養護老人ホームに入居している参加者の利き手の手首に加速度センサとジャイロセンサを搭載した腕時計型ウェアラブルセンサを装着し、グループで行うドラム演奏中の腕の振りの速さの平均値と、腕の挙上角度の平均値を抽出した。参加者の平均年齢は86歳、事前の「Mini-Mental State Examination(ミニメンタルステート検査)」で30点満点中1~27点(平均15.75)と、認知症の程度にかかわらず16人が参加した。
演奏中の腕の挙上角度と握力を用いたモデルが認知機能障害を説明するのに優れる
まず、ドラム演奏時の動作が、従来の上肢運動機能評価で使われる握力と相関があるかを確認することで、新しい方法の妥当性を確認。その結果、ドラム演奏中の腕の挙上角度が握力と相関を示し、上肢運動機能を測定するための有効な評価方法であることが判明した。
次に、ドラムの動作が認知機能に関係しているかを調査した。その結果、ドラム演奏時の腕の挙上角度が全般的な認知機能と関連していることが判明。さらに、ドラム演奏時の腕の挙上角度と握力の両方を用いたモデルが、認知症高齢者の認知機能障害を説明するのに優れていることが明らかになった。また、認知症重症度とドラムを叩く速さは関係がなく、認知症があっても叩けることが確認できたという。
認知症の早期発見・重症化抑制・治療効果の評価などへの貢献に期待
ドラム演奏に必要な動きは、認知症や虚弱な人でもできるため、効果的で実用的な手法となり得るという。さらに、計測に使用した腕時計型ウェアラブルデバイスは、安価で簡単に装着できるため、医療や介護現場でも使用が容易だ。同手法が広く普及すれば、認知症の早期発見や重症化の抑制、治療効果の評価など、認知症治療やケアにおいて大きな貢献が期待できる。
「以前、本研究グループで開発したドラム・コミュニケーション・プログラムは、認知症や虚弱な人でも実施可能であり、認知機能や上肢機能、肩の挙上角度の改善効果が確認されている。このような介入プログラムや音楽療法中に、本手法を用いて機能評価を行うことも可能だ。グループセッションで実施できるため、高齢者の社会的孤立感や認知症に伴う不安感の軽減にもつながると考える」と、研究グループは述べている。
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・東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース