肥満の程度とCOVID-19重症化リスクの関連に人種差、内臓脂肪が関与?
東京医科歯科大学は5月25日、内臓脂肪の蓄積があると新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染時にサイトカインストームがもたらされることをつきとめたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、細矢匡講師、大庭聖也大学院生らの研究グループと国立感染症研究所との共同研究によるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)」にオンライン版に掲載されている。
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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界規模では数千万人の超過死亡の増加をもたらし、社会に大きな混乱を巻き起こした。その原因ウイルスであるSARS-CoV-2が高い感染伝播性をもつことも問題だったが、COVID-19発症時の重症化のリスクが患者の要因によって大きく異なることは、感染をコントロールする上でより厄介な問題だった。高齢、男性、高血圧などの要因とともに、肥満がCOVID-19の大きな重症化リスクであることは当初から知られていたが、そのメカニズムは不明だった。
不思議なことに、肥満の程度とCOVID-19の重症化リスクとの関連には人種差が大きいことが知られている。英国の医療データベースを用いた研究では、肥満の一般的な指標であるBMI(Body mass index)を用いて肥満のリスクを見積もると、欧米人のリスク増加は2倍程度であるのに対して、南アジア人では5倍以上重症化や死亡のリスクが上昇した。人種による体格差のなかで、アジア人は同程度のBMIでも内臓型の肥満を呈する頻度が高いことはよく知られている。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて、動脈硬化などの生活習慣病と強い関連を有するが、これらは内臓脂肪組織から産生される炎症性サイトカインが関与することが知られている。研究グループはこれらの知見から、内臓脂肪の蓄積が炎症の増強因子になって、COVID-19の重症化や予後に関連するのではないかとの仮説を立てて、検討を重ねた。
同大入院患者データで内臓脂肪組織面積はCRPのピーク値と相関
研究グループは同大学病院に入院したCOVID-19入院患者の臨床情報を解析した。肥満の指標として、BMI、内臓脂肪組織(VAT)面積、皮下脂肪組織(SAT)面積、腹囲などと、COVID-19の重症度や予後との関連を検討したところ、VATの増加が重症度や予後と最も関連することがわかった。また、VAT値は入院中のCRPのピーク値と相関したことから、内臓脂肪の蓄積があるとCOVID-19の炎症が増強すること、重症化をもたらす可能性が考えられた。
内臓型肥満マウスはSARS-CoV-2が肺全体に感染し、サイトカインストームを引き起こす
肥満とCOVID-19との関連を解析するために、過体重となるマウスにSARS-CoV-2を感染させて解析を行った。食欲を制御するレプチンというホルモンのシグナルが欠落するob/obマウスとdb/dbマウスは、同程度の肥満になるが、ob/obマウスには内臓脂肪優位、db/dbマウスには皮下脂肪優位の脂肪蓄積が生じる。これらのマウスにSARS-CoV-2を感染させると、ob/obマウスが感染後早期に全て死亡するのに対し、db/dbマウスや肥満でない野生型マウスは全て生存した。
感染極期の肺組織を解析すると、肺の炎症のひろがりや肺障害の程度には3系統間で大きな違いがない一方で、ob/obマウスでは肺胞領域のSARS-CoV-2陽性細胞とSARS-CoV-2のゲノムRNAが多く検出され、SARS-CoV-2ウイルス粒子がマクロファージに取り込まれていることがわかった。このとき、ob/obマウスでは他の2系統と比較して炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現がいちじるしく亢進しており、サイトカインストームが生じていることがわかった。
そこで、ヒトのCOVID-19でも治療に用いられているIL-6受容体阻害薬を投与するとob/obマウスの生存率が有意に改善したことから、IL-6の過剰産生がob/obマウスの死因の一つであったことがわかった。
肥満を予防すると感染後の生存率が改善、サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現低下
ob/obマウスはレプチンシグナルが欠落するために食欲が抑制できず肥満になる。レプチンを6週間持続投与して肥満を解消させた「やせob/obマウス」、「肥満ob/obマウス」、「肥満ob/obマウスに感染直前にレプチンを投与した」、3群のob/obマウスにSARS-CoV-2を感染させる実験を行った。
興味深いことに、やせob/obマウスはSARS-CoV-2感染時の生存率が向上し、肺胞領域のSARS-CoV-2陽性細胞やSARS-CoV-2のゲノムRNAが減少した。また、感染極期の炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現が低下していたほか、肥満ob/obマウスでdb/dbマウスや野生型マウスよりも亢進していた遺伝子群は、やせob/obマウスにおいて誘導が抑制されていることがわかった。肥満ob/obマウスにレプチンを投与しただけでは生存率の改善は得られなかったことから、肥満を改善させることで、サイトカインストームの抑制と生存率の改善が得られたと考えられる。
健康的なライフスタイルは新型コロナ重症化リスクの軽減につながる可能性
内臓型肥満とCOVID-19の重症化との関連を示した報告はこれまでも散見されるが、日本人における検討は初めてで、内臓脂肪量と炎症の程度に関連があることを明らかにした研究もこれまで存在していない。ob/obマウスとdb/dbマウスはともにB6系統という一般的に実験に使用されるマウスの系統であるが、ob/obマウスがC57BL/6, db/dbマウスがC57BKLSとわずかに異なる背景系統である。インスリン産生能の違いなどに両系統の違いがみられることは知られているが、感染症時の炎症応答に関する違いも明らかにしたのは今回が初めてだ。
COVID-19の重症化率は、患者の背景因子によって大きく異なるため、画一的な対応が困難だった。ワクチンの普及や治療薬の開発、ウイルスゲノムの変異による全般的な軽症化が進んでいることは朗報であるが、十分な対策を講じても、重症化リスクの高い患者集団にとって、COVID-19は今なお脅威である。研究結果は患者データの解析によるもの(後ろ向き研究)であるため、今後、事前に研究目的を設定したコホート研究(前向き研究)などを行い、結果の妥当性を検証していく必要がある。また、マウスを用いた検討も、なぜ内臓脂肪の蓄積によってこれだけの生存率の違いが生じるかについて、すべてを明らかにできたわけではないため、さらなる検討が必要だ。
これまで見いだされたCOVID-19のリスク因子のうち、年齢や動脈硬化性疾患などのリスク因子は高齢者に重複しやすい特徴があったが、COVID-19に関する肥満のリスクはむしろ壮年から初老の男性において高いことが知られており、研究からも同様の傾向が見出された。「内臓脂肪量は運動習慣や食習慣などのライフスタイルと密接に関連することから、いわゆる生活習慣病の対策にも健康的なライフスタイルが励行されている。特に働き盛りの年代の過体重の男性に対して、体重の減少だけを目的とするのではなく、健康的なライフスタイルを送るモチベーションの一つとして、COVID-19の重症化リスクの軽減につながる可能性を提示した点において、今回の成果の社会的な意義は大きい」と、研究グループは述べている。
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