ATLの発がん機構にHTLV-1のHBZが重要、その分子メカニズムは?
熊本大学は5月24日、日本に感染者が多いがんウイルス「HTLV-1」の新たな発がん機構・治療標的を発見したと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の豊田康祐研究員、安永純一朗准教授および松岡雅雄教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Blood Cancer Discovery」に掲載されている。
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HTLV-1の感染者は、九州・沖縄などの南西日本を中心に世界中に分布しており、最新の統計ではおよそ80万人の感染者が日本に存在すると推定されている。ほとんどの感染者は、ATLを含むHTLV-1関連疾患を発症することなくその生涯を過ごすが、およそ5%の頻度で感染細胞が悪性化し、ATLを発症する。ATLは血液のがんの中でも極めて予後不良であり、難治性の疾患だ。抗がん剤を組み合わせた多剤併用化学療法がその標準的治療法だが、近年ではATL細胞の分子学的特徴を標的とした新規薬剤が次々と登場している。しかしながら、これらの治療効果はいまだ限定的であり、有望な治療標的の同定が喫緊の課題と言える。
HBZはATL細胞に恒常的に発現する唯一のウイルス遺伝子であり、同研究グループではHBZの遺伝子発現抑制(ノックダウン)によりATL細胞の増殖が抑制されること、CD4陽性Tリンパ球特異的にHBZが機能するように遺伝子操作したモデルマウスが皮膚炎やT細胞リンパ腫を発症すること等の知見から、ATLの発がん機構におけるHBZの重要性が示されていた。またHBZはタンパク質としてHTLV-1感染細胞の免疫形質決定に機能するのみならず、転写産物であるRNAも感染細胞の増殖を促進することがわかっている。このようにHBZの両分子形態は共に宿主遺伝子の発現や機能を撹乱するが、ATLの発がん機構に与える影響に関しては不明な点が残されていた。
HBZ RNAはTAp73とDNp73、HBZタンパク質はTAp73の発現を誘導
研究グループは今回、HBZ遺伝子のRNAおよびタンパク質をそれぞれマウスのCD4陽性Tリンパ球へ遺伝子導入した。その結果、RNAとタンパク質が、共にTP73遺伝子の発現を誘導することを見出した。TP73にはスプライシングアイソフォームとして、アポトーシス(細胞死)促進機能を持つTAp73とそれを阻害するDNp73が存在する。その発現機序として、HBZ RNAはTAp73・DNp73の双方の発現を、HBZタンパク質はTAp73を誘導することがわかった。
ATL患者検体ではTAp73とDNp73が高発現、TAp73ノックダウン細胞は細胞死
これらの知見と一致して、ATLの患者検体ではTAp73とDNp73がともに高発現していることがわかった。さらにATL細胞株においてTP73遺伝子をノックダウンしたところ、細胞死が誘導された。元々TAp73はがん抑制遺伝子として機能することが知られていたため、ノックダウンすると細胞死が抑制されると予想していたが、TAp73特異的なノックダウンでより顕著な細胞死が誘導されるという予想外の結果が得られた。
ATL+その他のがん患者でTAp73はMCT1・MCT4発現と正の相関、高発現は予後不良
ATLにおけるTAp73の役割をさらに検討したところ、TAp73は細胞膜に存在する乳酸輸送担体であるMCT1およびMCT4をコードする遺伝子の転写制御領域に結合し、双方の転写を活性化することが判明した。さらにはATL細胞のエピゲノム異常の枢軸を成すEZH2も、同様の機序でその転写が活性化されることがわかった。
MCT1・MCT4をコードする遺伝子はいずれもATL患者検体で高発現しており、TAp73の遺伝子発現量と正の相関があった。この知見はATLに限らずその他のがん種でも確認され、特に膵臓がんや急性骨髄性白血病ではこれらの遺伝子が高発現している患者群で予後が不良であることが明らかとなった。
MCT1・MCT4阻害剤で細胞死誘導、マウス腫瘍抑制効果を確認
最後にMCT1・MCT4阻害剤であるsyrosingopineの有効性を検討したところ、同薬剤はATL細胞株の乳酸排泄を阻害し、細胞死を誘導することが確認された。またATL細胞株を移植したマウスモデルでの実験でも同様に腫瘍の増殖抑制効果が確認された。
以上の結果から、HBZが惹起する新たな発がん機構が解明された。またMCT1・MCT4分子というATLの新たな治療標的が見出されたことにより、難治性の疾患であるATLに対するより有効な治療法の確立に貢献できることが期待される。研究グループは、「ATLに限らずMCT1・MCT4は多くのがん種に発現しており、より幅広い患者層を根治に導きうる至適な治療標的であると考えられる」と、述べている。
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